皆様から頂いたコメント

◎今後の新生鴨沂高校の教育方針について

  • 鴨沂高校の制服化に強く異議を唱えます。

    現在の教職員の方に伺ったら、「鴨沂高校の制服化は、導入するかしないか、という話でスタートした訳では無く、制服化するという事ありき、そして、今後の制服化をするにあたって、どんな制服が良いか、というアンケートなどの議論は生徒も参加した。が、今の学生に、制服にするか、しないか、から議論したとしても、恐らく、なんちゃって制服も流行っているのもあって、賛成反対は、半々になったかもしれないね」と言われました。が、これにも異議を唱えます。まず、制服とは何か。時代逆行も甚だしい。つまり、教育指導をする側の、定義があるだけ簡素化出来る。それだけに思えます。まず、制服の規制とは、学生の自立性や自由、基本的人権を阻むものだと思う。という事を教育したことはありますか?それでも、なんちゃって制服が着たいという子供には、それを着させる自由を与えれば良いだけの話です。それは、単純に、彼らのしたいと思う、ファッション、なだけに過ぎないから。いずれ、このようなファッションには単なる流行廃りとして、単なる通過点に過ぎないでしょう。その流行廃りに乗じて、制服化を唱えるよりも先に、教育者が行う、大いなる意義は他にたくさんあるはずです。校舎という箱を変えて、制服という外側を変える。それが学校改革であると思い込んでいるなら、それこそ教育の廃りに思います。少子化にあって、私学の入試志願者の競争にあって、定員割れにあえぐ公立高校の運営ですが、その現実に、どれだけ教育環境を提供する側が、真摯に問題の究明をしているとはまさか思えません。そして、私学教育のスタンスよろしく、競争原理に乗っ取り、学校環境の表面だけを目先に変化させ、若い子達が喜ぶであろうと年配者が考えた制服を着せて、学校の特色をねじ曲げてとらえて、在校生を客寄せパンダよろしく、大人が喜ぶ優秀な子供をなんとなく育ててフューチャーしても、そんな事は、一体、公立の学校が行う事でしょうか?我々の税金で賄う、乏しい運営費で、私学の資本力を持ってして、そのような上っ面の美味しそうな学校を演出した所で、そんなものは所詮、短命に過ぎません。

    何が、鴨沂高校にとって必要なのか。もっと教育のプロとしての知恵を絞って下さい。
    もう一度。鴨沂高校の制服化には、強く異議を唱えます。
    (卒業生)

  • 思いつくまま、何の方向性もなく、あれもこれも取り入れて新入生の呼び水にしたい印象ですね。確かに、ダンスで有名になって偏差値低くても人気校にのしあがってきた学校はありますが、鴨沂高等学校には日本一を誇れる歴史があるのですからもっと他に特殊性を追求すべきと思います。説明会個別相談担当の先生は、『成績オール3の子が来てくれたらいいんです。成績優秀な子がうちを選ぶ事は想定してません。その成績3の普通の子達が、他の学校では地理的に難しいが、歴史深い場所が近くにある鴨沂にくると実際に足を運び京都の歴史を学ぶ事ができるので、そのうち自ら発信できるようになるそのような京都文化コースをつくる』といった事を言われました。それならば、入試制度が変わり新入生が集まるかどうかもわからないこの状況で需要があるかどうかもわからないダンススペースやシンクロ対応より、他校では真似できない、出来る限りの校舎の保存をすべきと思います。OBの方々が戦って、苦労して残してくださった歴史の匂いの残る京都ならではの校舎を毎日肌で感じて誇りに思いながら、新入生として新しく学校の歴史を作っていく、そういう空気が出来てくると思います。
    (先の聴取会議にて配布された、新生鴨沂高校の教育方針をうけて/京都市民)
  • 京都府立高校合同説明会のブースにおいて、こちらの先生方は、「京都文化コース」を設置することを強調されており、その理由に歴史を学ぶのに優位な環境であることをあげておられました。その京都文化コースから想定される進路先が。地元私立四大(文系)と記載されているだけでは、その先に何のビジョンも見えてきません。、その先の推定される就職先まで記載されていないので、新教育システム(京まなび、未来へ世界へ、京都で育てる京都で伸ばす)がなぜ「新」なのか伝わらず、コースの魅力を感じません。
    (先の聴取会議にて配布された、新生鴨沂高校の教育方針をうけて/京都市民)
  • 埋没文化財が発掘されて、工期が大幅にずれこむ可能性はもうないのでしょうか?可能性がある場合には対応策は準備されているのでしょうか?来年高校受験を控える中三生の保護者で、京都市北部で志望校を検討しています。埋蔵文化財とは、土地の下に埋もれている「遺跡」(土器,石器だけでなく、生活痕跡も含む)を指していて、ここでいう「土地」とは河川・沼・海なども含んでいるので、高校管理職の方の「昔河原だから埋没品は出ないだろう」という考え方はあまりにも短絡的です。もしも発掘された場合には工期だけではなく、費用、仮校舎の問題、学校行事、教育プログラムすべてに支障をきたすことになりかねないと推察します。もしもの時の対応策は、今後の学校説明会で保護者に説明頂きたいことです。
    (先の聴取会議にて配布された、新生鴨沂高校の教育方針をうけて/京都市民)
  • 考えてみると大抵の学校が行う進路指導では「起業家」は誕生しないでしょうね。「鴨沂の自由」は「起業家」を誕生させ得る考えだと思いますが。

    新しい世界を創造して行くべき若者達が、常に現在の、問題を抱えている世界に適応して行く方法を学んでいたのでは、いつまで経っても問題は解決され得ないに決まっています。旧世代が抱えていた問題と直面し、アインシュタインではないけれども、より高い次元から解決するチャンスを若者は持っているわけですが、「教育」は今や常に問題を先送りする方法を学ぶ場になっているようですから、そういうものなのだと刷り込まれてしまったならば、それは果たして「若者」と呼ばれるような存在でしょうか?鴨沂高校もそういう所謂「教育」の場でありたいのならば、私は校舎を保存するかどうかなどより、有害なので今すぐ母校などなくなってしまえとすら・・・・・・ふと思わないでもない。

    大抵の人には暴論でしょうねぇ。けれども私は今、世界中が変わりつつあるのが分かっています。ですから実にこれは暴論ではないのです。必ず近い内にその青年達から私達は多くのことを学ぶことになるでしょう。その時に彼らと握手するために、「鴨沂の自由」を我々は彼らが生まれる前に、先に学んでいたのですね、恐らくはきっと。
    (卒業生/89年卒)

  • 自分の伯母は府一、母は鴨沂出身で、鴨沂のバザーには子供の頃からよく行きました。
    自身は洛北卒ですが、生活圏では鴨沂の方が馴染みがあります。
    自分の出身校の洛北も随分変わってしまいましたが、ノスタルジーだけでなく、佳き日の京都の公立高校の姿は確実に失われていっているようで、とても悲しく残念に思います。

    自分の学年は中学区制(一類、二類、三類が出来た)に移行した最初の世代でした。
    母校洛北からは商業科が消え、左寄りの思想の先生方が地方や事務方に飛ばされるのを目の当たりにしました。
    国旗掲揚が知らぬ間に義務化されて、その是非はともかく、その意味を教える先生もその意味を考える生徒も僕らの卒業後は減っていったと聞いています。

    当時の恩師の言葉を借りると、それは京都の公立高校にも中央化が進んでいった弊害と言えるでしょう。
    自分達や先輩達は、良しに付け悪しきに付け何事にもお仕着せを好まず、自分達で考え答えを出してきました。
    その世代の若者の永遠の命題とも言える「自由」の意味や答えもそうして求め、手に入れていたように思います。
    だからこそ、学校や、時には教師相手に勝ち取った自由には、意味も責任もありました。
    そういった行動には、偏差値や学力のレベルを超えた、個人としての思想や力があったと思います。
    事実、当時の洛北の生徒には、東大・京大にW合格する生徒も居れば、一年を終えずに退学する生徒、停学を食らう生徒会長、複数年留年する先輩、全国レベルの大会に出場する部員など、本当に様々な生徒が居ました。
    それら皆が洛北の生徒だったんです。
    そんな生徒一人一人が、自分で考え行動していた。それが京都一中時代から連綿と続く、洛北の歴史であり象徴だったと思っています。
    今、洛北は中高一貫校となり、受験生には人気の高い高校になったようですが、一定以上の学力レベルの生徒ばかりが集まった(集められた?)学校に、果たして以前の様な魅力が有るのかと言えば甚だ疑問です。
    勿論、学力の高さは学校評価の重要な要素でしょう。それを追求し、学力の高い生徒が集まる事は悪い事だとは言いません。
    しかし、それと引き換えに洛北が無くしてしまったモノは、偏差値だけでは計り知れないモノだったのでは無いかと今でも確信として思っています。

    話が随分逸れましたが、教育というモノが追求する方向性が画一化してしまったのが全ての弊害だった事に間違いは無いでしょう。
    鴨沂が今のような境遇に陥ったのも然り、洛北が変わってしまったのも然りだと思います。
    (洛北高校卒業生)

校舎全体

  • 震災の瓦礫も処分しきれてないでしょ?欲しい人や必要とする人に建材リサイクルしてもらう事に何も否定的理由が見つからない
    [卒業生]
  • 近代建築の意匠を凝らしたデザインに溢れた校舎群。やむなく新校舎建設となった場合、少しでも多くの古材が活用されることを祈ります。
    (卒業生)
  • 洗い張りをして代々伝えて行く着物のように、使い捨てでなく、手間ひま掛けても、本当に良い物を次世代に継いで行けるように、そんな考えも伝えて行きたい。
    (卒業生)
  • 京都会館の問題のときも無理やりでしたが、なぜ行政側をこんなことをするのでしょう。文化や歴史よりも、効率や利潤を優先しているとしか思えません。共にがんばりましょう。今後も情報提供などよろしくお願いします。
    (京都府民)
  • 外装とか階段手すりとか講堂内装とか、見たことは無いけど定時制職員室の暖炉とか、学校の今までの歴史を伝えてくれるものたちを部分的にでも伝えられないものなのだろうか。門を残すことが決まっているのなら、立っているだけのそれだけでなく、その時代時代の価値観の代表を保存し伝える図書館などは、建物だけでなく蔵書を散逸させてしまうと収拾がつかなくなりそうだし、それなりの「はな」となったであろうピアノも弾いてなんぼのものだろうし。廃材系だけでなくって、この二つだけでも原形をとどめる形でのこせないものなのだろうか。生徒諸氏が良い環境で過ごしてもらう、といういみでは完全に残せと言うのは少し無理があるのかもしれないけど・・・
    (卒業生)
  • 鴨沂高校の教育精神を伝えるものをできるだけ残そう!
    (卒業生)
  • 歴史あるものが形を変えて残る事は良い事ですので賛同します。
    (卒業生)
  • ものは、大切に!
    (卒業生)
  • 洛北高校の校舎もそうでしたが、とても風格があり、しっかりした作りになっていました。最近の無機質な作りとは比べようもありません。階段、廊下、窓の意匠など芸術的な価値さえ感じられるほどです。ぜひ、面影でも残してください。
    (京都市民)
  • 全ての思い出があの手すりや階段に残っています。少しでも多くを残し、私達の中の鴨沂を消さないでほしいです。
    (卒業生)
  • 美しい建材・古材再利用しよう!
    (他府県在住)
  • 歴史ある校舎、簡単に壊さないで!!
    (京都市民)
  • 京都が歴史を伝承する都市を名乗るためには、長い歴史を経た上でも(補強や修復を施し)現代に活用できる建物や施設があることを、率先して示して行くべきだと思います。鴨沂高校はその一例にふさわしいものと思います。
    (京都市民)
  • 長い時間の手を借りて作り出されたあの校舎、階段、手すりの手触り…作ろうと思っても作れるものではありません。大切にしてほしいです。
    (元教職員)
  • 時とともに歩んできたというバリューはなにものにも替えがたいものです。感傷的なキモチではなく、プライスレスなバリューを後世に残すのは、当たり前の行動であり、努めだと思うのですが。。。
    (他府県在住)
  • あの階段とか絶対なくしたらあかんで!!
    (卒業生)
  • もう一度この建物の価値を問い直そう。
    (卒業生)
  • 卒業生でなくても歴史的価値のある建物だという事はわかります。古き良き物を大切にする心を忘れてほしくない。
    (他府県在住)
  • 誰も語らずとも歴史を感じさせる階段。これからの鴨沂生にも踏みしめてほしい。
    (卒業生)
  • できれば、立て替えをやめてほしい。
    (元教職員)
  • 卒業生です。建て替えるなら再利用して欲しいですし、使わないものはいただきたいです。
    (卒業生)
  • 壊す、破棄するのは一瞬。時によって育まれたモノは既に単なるモノではありません。
    (他府県在住)
  • 卒業するときに聞いていたのとは全く違う状況になっていて驚きです。2011年当時の校長先生は「茶室は残す」とか、学校を残していくようなことを仰っていたのに。せっかく素敵な校舎なのに。
    (卒業生)
  • もったいないし、理由もはっきりしない
    (卒業生)
  • 卒業生です! 解体ではなく修復にもっていってほしいですね。
    (卒業生)
  • 近代女性教育発祥の場である女紅場の流れをくむ鴨沂高校。その歴史的価値の高い校舎群を解体することは、京都だけでなく日本にとっても大きな損失だと思います。学校という姿で残すことが難しいなら、教育的価値のある他の活用方法を含めて検討しても良いのではないでしょうか。
    (他府県在住)
  • 変えねばいけない現実もあるでしょうが、保存し伝える努力を大人達が示さねばいけないと思います。

    大きな地震もありました。安全性を一番に考えることには賛同します。しかし、あの建物は守られるべき建造物だと思っています。いっさい排除して建替えることは容易なことですが、女性の学びの発祥した歴史、多くの卒業生の心のよりどころである建物を最大限残す方法を選択して頂けるように望みます。
    (卒業生)

  • 素敵ないい校舎ですね。こういうところで卒業したらよい思い出になるだろうなあ。使いにくさなんか、あとではよい思い出にしかならないもの。あの震災の後何より耐震の問題は避けがたいですし、どのような方法があるかわかりませんが、できる限り残ってほしいですね。
    (他府県在住)
  • 校舎の一部でも良いので、特に「階段部分」の保存を検討願います。
    (卒業生)
  • 外観だけでも残す方法や残せる部分が無いか、十分検討されたのでしょうか?
    (卒業生)
  • 日本の建築技術をもってすれば、移築、保存ということも、現状をいかして建て替えることも可能だと思います。是非、計画を再考なさってください。

    歴史ある街京都において府自らがこういった行為を進めることに怒りを感じます。京都の街並みそして名建築をこれ以上失いたくはないです。活動を心から応援したいと思います
    (京都市民)

  • 歴史ある建造物が失われていくのには忍びないです。保存ないし、移築でもなんでもいいんで、解体・廃棄はなんとしても避けてもらいたいです。
    (京都市民)
  • 当方も卒業生です。解体に至るプロセスに疑問を感じています。
    (卒業生)
  • 京都の財産です。残しましょう。
    (他府県在住)
  • 歴史的にも重要な意味のある後者や環境は、かけがえの無い京都の宝物です。今の大人が、未来につなぐ義務のある文化遺産です。

    京都の文化的財産です。残してください!
    (京都市民)

  • 本来、日本には簡単に物を壊すという考え方はなかったハズ。若い人たちにも物を大切にすること、歴史を大切にすることを学んでもらうのに、絶好の教材ではありませんか?
    (京都市民)
  • 校舎滅失の所業は理不尽極まる恥ずべき大逆罪
    (他府県在住)
  • 検討の時間と、保全の費用など、検討事項は多大と思いますが、保全に向けて進んでくれることを祈っております。
    (京都市民)
  • 文化的遺産を最善の方法で使い、保存し、後世に伝えていくこと・・・京都こそ、それを率先して内外に示してほしいです。

    古いものと共存しているのが京都の良いところなんじゃないでしょうか?

    この時代の建築物は何か必死さと共にセンスを感じるので。
    (他府県在住)

  • 時代逆行も甚だしい!古いものが残っているからこそ、観光都市としてなりたっていることを、われわれ京都人は忘れてはいけない。
    (卒業生)
  • 御所のそばの建物のイメージを壊していいのか。
    (卒業生)
  • ギシギシなる床や夏は暑くてしかたない教室も、大切な思い出として記憶に残ります。
    (他府県在住)
  • 文化財保護の観点から計画見直し要求に賛同します。
    (京都市民)
  • 鴨沂の財産ではなく、京都いや日本の財産として保存してほしい。
    (卒業生)
  • 歴史の中で守られて来た大切な日本の財産を、古いものと新しいものを融合させた中で、大切に後世に残していきたいです。
    (海外)
  • 古いものを修復して使い続ける(その建物・空間の意味を問い続けられる)ことこそが、「教育」にとっても有効なのではないでしょうか。
    (京都市民)
  • 洛北高校出身者です。私が通っていた頃の校舎は取り壊され新しいキレイな校舎になっています。昔の面影を残した作りにされたらしいですが、通っていた当時を思い起こすことはできません。ということもあり、 鴨沂高校出身者ではありませんが、風格のある校舎は残すべきかと思います。
    (京都市民)
  • 日本の貴重な財産 見直しを
    (他府県在住)
  • 残す物はしっかり残す!人の歩みや歴史の重みは「効率」と無関係なところにあります。
    (京都市民)
  • 学んだ学舎にこれだけ愛着がある卒業生が巣立っている.素晴らしい教育の場であったのでしょう.
    (他府県在住)
  • 御所の東隣でもあるこの地であるから良いと思いますし、御所近隣はもっと建築に対する規制なり取り決めなりあって良いですね。ぜひ景観と共に建造物も遺る事を望みます。
    (他府県在住)
  • 国際文化観光都市京都としてのありかたとして、また京都市が京都のまちづくりとして計画されている御所周辺の旧市街地型美観地区、歴史遺産型美観地区に建っている日本初の公立女学校としての歴史を汲む鴨沂高校を府・市・国の関係各位に最大限の努力と智慧を発揮していただき後世に残していくための維持・保全を求めます。
    (京都市民)
  • 「それぞれの価値観がありますから」という言葉にはもう惑わされません!
    守るべき歴史的・文化的価値ある校舎です。これらの特徴を生かして残す方法は必ずある。昨今の教育舞台でも、多く実例は存在します。歴史があるからゆえの重厚さを醸し出す事の出来る建造物。スクラップ&ビルド、もしくは旧式ゼネコン発想による、新しき事への賛美では、むしろ京都人を育てるといううたい文句を掲げる新生鴨沂高校には矛盾を覚えます。
    歴史を無くす事の無謀さを、今一度立ち返って再考して下さい。お願いします!(卒業生)
    歴史を感じさせる正門、内装など懐かしく思い出されます。改築するとしても、どこにでもあるような画一的な構造ではなく、なるべく高校の歴史を感じさせるようにお願いします。
    (卒業生/85年度卒)
  • この校舎の良さについて。本当は、どこかで分かっている筈なのに、何がどう、自分に影響しているのか分からない。客観視してようやく、気付くのかもしれません。昨今の建築事情にそのヒントはあるように思います。新しい無機質な空間に、どうしてわざわざ古材の床板や梁を作り付けるのか。綺麗に塗った壁材よりも、どうしてわざわざヘタウマにでこぼこと土壁風に塗るのか。案外、こういうものに興味が無い、と言い放つ人でも、そういう空間環境に憧れて、自宅をそうしてみたり、そういうお店で長居したり、するものです。
    居心地がいい。ほっこりする。

    そういう感覚は、得てして機能性や最新性からは体感出来ないんだ、という事も、本当は分かっている筈。
    現代の生活様式とうまくミックスして、新しいもの×古いもの、そういった方向性が、今最も求められているのだ、ということを、しっかりと見つめられれば、と思います。
    (卒業生/90年卒)

  • 地方の友人曰く、たとえば九州の観光地でも、良くも悪くも大らかな地域性で、反対運動が起こることなく、もっと容赦無くお宝建造物が壊されていってると、、京町屋再利用など、古いものを大事にしているプロジェクトが盛んな京都でも、こんな乱暴な話があるんですか、と意外そうでした。私は卒業生ではないですが、とにかく勿体無くて仕方ありません。特に京都では、こういう建物を簡単に壊してはいけないと感じます。
    (京都市民)
  • 私の妹(昭和44年生まれ)と私の長男(平成6年生まれ)が通っていました。
    長男の入学式で講堂へ行った時、何だか懐かしく思ったのを記憶しています。
    それも全て取り壊しなんですか?!
    近代的にすれば良いと思っているのでしょうか??
    歴史は紡いで行くものだと思うのですが……
    (京都市民)
  • 先週になって校舎の全面解体を聞いて愕然としました。
    昨夜の放送、お寺の門を懐かしく、食い入る様に見て…教室の光景は遠いものを感じ…。
    和室はクラブの合宿で毎年夏休みに泊まった…。
    無味乾燥な建物にしないで欲しい。
    (卒業生/82年卒)
  • もう既に1年生で制服が始っていた事を知りました。既に鴨沂でなくなりつつある様に感じました。
    その教室の映像に出ていました教室の大きな教卓は生物室横の1年6組(多分)の教室で、あの教卓はおそらく鴨沂創立時代から使われている年代ものです。我々が使いました30年以上前に既にかなり使い込まれていました。卒業生であれば、あの映像を見て気付いた人も多いと思います。

    でも本来、あの番組的には和室か茶室で茶道部の活動・・などが良かったとは思いますが。それが無理でも建物のさまざまなディテールは撮れた筈です。使われなかっただけで多分NHKのレベルのカメラマンなら撮っていたと思います。撮らずにはいられなかったというのが正しいかも知れませんな。
    (NHK放映後/卒業生/80年卒)

  • また土建屋絡みなんですね。壊して、儲ける事しか考えない…………何でも早め早めに保存や宝、文化遺産としての認識を進めたいものです。もう二度と同じものは造れないのですから。時間を刻んで、呼吸し続けて来た私達の先輩でもあります。JR西日本の煉瓦庫も失われつつあります。(和田山駅のみ、残っています。糸魚川駅は北陸新幹線建設の名目で命脈尽きました、残念!) もったいない!モッタイナイ!MOTTAINAI!物を大事にするのは人を大事にする事。そして先人や歴史への敬意なのですから……………………
    (他府県在住)
  • 大河ドラマ好きの観光客がわんさと来られても、構わず解体工事するかなぁ?新島邸のほん近所だから、きっと来られますよね。
    八重の櫻のぼりとか(笑
    八重さん縁で福島の学校と交流しているのに、このタイミングで解体って普通にカッコつかない。
    そして、この放送。こんな学校があったんだぁ!と全国に知られたのに、平気で潰す?
    できるんでしょうか?
    市長さんも古い景観残したがってますよね。
    (卒業生)
  • 同級生から新聞に解体されるって掲載されてた!ってメールが⤵ショックです!
    絶対残して欲しいです!
    (卒業生)
  • 妹の母校で私も保護者で何回もいきました。シェアさせてください。今からでも壊すの覆せないでしょうか。
    (京都市民)
  • 私が思うのは「持続する世界への転換という世界的な潮流がある」ということを知るべきだということなんですよ。アメリカで唯一伸びているのはオーガニック産業だと言われていますし、ヨーロッパもその流れの中にありますが、そのオーガニック革命の基盤は「持続する世界へ」という考えであって、人類と他の種と地球との調和を達成しようとする動きであるわけです。今、実のところ真に創造的でアバンギャルドなのは「残す」とか「使えるものは使う」という考えで行動を始めている世代ですよ。この潮流を創りだしているのは世界的に見て私などよりもかなり若い人達です(私は1971年生まれですが)。重大なことは、今回の新生鴨沂の基盤整備をしている人々はこの潮流を知らないということです。生徒たちも大部分知らないでしょう。私は先日、鴨沂の校内を携帯写メで随分と撮りましたが、中庭の木々の一本一本だって、残すことを考える、それが世界的な潮流です。考えにおいても行動においても世界との関わりを絶った状態で教育はなされるべきではないと思うのですよね。世界は変わりつつあることを知らないで、どのような教育が可能なのでしょうか?と思うのです。
    (卒業生/89年卒)
  • 学び舎と文化が、卒業生の意識に影響を与えたのは、間違いありません!
    (卒業生/65年卒)
  • 私は建築の専門家でないので断定的なことは言えませんが、あれだけの校舎で何故今頃耐震建替えの話が出てくるのかわかりません。むしろ京都市役所のように保存手段を考えた方が良いのではないかと思っていますが、本当に危険な状態なのでしょうか?
    (卒業生/1950年代卒)
  • 「新築相当に蘇らすことができる」素晴らしいと思います。日本建築家協会の方々に本当に感謝です。
    やはりあの建物は1つの大きな文化を築いています。わずか3年の在校期間なのですが、私たちの人生に大きく関わった3年間で、それはあの建物からの影響も少なくなかったのだと思います。
    そういう高校を蘇らすためにも校舎の改修、保存存続は有意義だと今再び強く感じます。
    (日本建築家協会の要望内容をうけて/卒業生/80年卒)
  • 要望書を読むと、まず、「今年度予算化され改築事業に着手されていることは、同窓生一同大いに喜びとするところであり」という言葉が目に付くはずですが、これは明らかな間違いです。少なくとも、私は全面改築の着手について、喜んでいません。
    言葉の定義をします。
     Yahoo辞書(大辞泉)によると、同窓とは、「同じ学校または同じ師について学んだこと。また、その人。」とあります。この定義でいえば、同窓生とは、「鴨沂高校で学んだ人」ということになるでしょう。
     では、「一同」はどうか。「そこにいる人々全部。または、仲間の者全体。」とあります。これを組み合わせると、「同窓生一同」を、「鴨沂高校で学んだ人全員」と解釈することが妥当と思われます。
     そうであれば、「同窓生一同大いに喜び」という言葉はおかしい。「ちちんぷいぷい」や、京都新聞、読売新聞などで報道されているように、校舎保存、耐震化に向けた署名運動が進められており、校舎の全面解体に関して、喜んでいない同窓生はたくさんいるはずです。
     同窓会一同であればわかります。しかし、「同窓生一同」ではありません。
     ここで大切なことは、まだあります。同窓会という組織が、同窓生を代表する組織であるのかという点です。基礎的なデータを検討しましょう。
     京都府立鴨沂高等学校同窓会「鴨沂高校同窓会報 第9号」(2011年) http://www.geocities.jp/ohkidoso/kaihou.htm
    によると、名簿掲載数25307人、住所確認済17435人(14頁)とあります。これだけ見れば、とても大規模な組織に思えますが、大事なのは会費収入です。同窓会会則(15頁
    )によると、会員の年会費は2千円で、他に特別な会費制度(割引や永年会員等)は書かれていません。14頁に、平成20年4月1日から、平成23年3月31日までの会計報告がありますので、簡単な計算をしてみましょう。
     「年会費収入」決算額は、4464200円です。年会費の2000円で割ると、約2232人となります。この時点で、名簿掲載数の10分の1しか会費を払っていないことになります。
     これだけでは終わりません。この会計は、単年度ではなく、3年間の一括です。会費は年会費ですから、2232人を単純に3で割ると、744人となります。同窓会がおこなった会計報告の詳しい仕組みは知りませんが、単純計算をした限り、すごく小さな組織であると言えます。
     もう一つ、大切なことがあります。会則に、除籍、除名項目がありません。予想の域を出ませんが、名簿掲載数25307人という数字は、会員を減少させる手続きをとってこなかったのが理由かもしれません。
     同窓会は、教育委員会が「意見集約の窓口」として位置づけています。教育委員会の出した「府立鴨沂高校の施設整備について」
    ( http://www.kyoto-be.ne.jp/kyoto-be/cms/?action=common_download_main&upload_id=2470 最終閲覧日:2013年8月8日)
    という文書において、「建造物の部材の活用や意匠やデザインの継承も含めて、学校や同窓会、建築の専門家などに参加いただいてワークショップ開き(原文ママ)、何をどのような形で保存することが可能か、設計の中で検討を進めていきたい」とあるように、卒業生や周辺住民ではなく、同窓会が検討の参加対象となっています。しかし、これまで検討してきたように、本当に同窓会が卒業生の代表であるのか、疑わしいと言わざるを得ません。もちろん、同窓会組織を否定するつもりは一切ありませんが、若い卒業生には同窓会がとても遠い存在であることは間違いないでしょう。
    (鴨沂高校同窓会による解体推進内容の要望書をうけて/卒業生)
  • 一体同窓会とは誰なのか。あまりにも勝手な行動で呆れる。
    京都府立鴨沂高校同窓会「全期」とされているwebの連絡先に事実関係と、会員の方の意見徴収の方法、結果、また本件の責任者の方を教えて頂くように連絡しました。この会が公認して要望書を出したのか事実関係をまず知りたいです。
    今朝、電話で京都府立鴨沂高校同窓会「全期」とされているwebの管理人の方から連絡がありました。この方はあくまでHPの管理をされているということで、内容までは把握しておられないという前提でお話され、まとめますと下記のようなことでした。
    要望書を提出したのは、この会である。

    理事会の話し合いの中で決まった。(議事録に関してはHPに掲載されているとのこと)
    理事会は毎回20~30人の会合である。
    責任者はHPの掲載とおりに理事会であること。(会長が責任者であると思われる)
    要望書の内容はHPにも掲載することになると思われる。(日程は未定)
    要望書の内容は理事会全員が把握していない。(今回連絡いただいた方も理事の1人でしたが、内容は把握していないと言われてました)
    また、今回の様な質問をメールでもらっても答えられない(通常は返事していない)とのことでした。
    今回は個人的な誠意でご連絡いただけたものと思います。
    議事録は既にアップされていると言われてましたが、見当たらないとすれば、詳細は掲載には無いものと思います。その程度の会で、その程度のものでしかない訳です。多分近日中に要望書内容の明細が正確にアップされる事はないでしょう。
    確かに同窓生全体をまとめようとする会の志は良いもだと思いますが、全体を名乗るのであれば、公正に議論して決議し、それを公表するという基本的な事は守っていただく義務と責任が、例えボランティアであったとしても重いと思います。
    (鴨沂高校同窓会による解体推進内容の要望書をうけて/卒業生/80年卒)

  • 鴨沂高等学校の建物は、観光客や外人が立ち止まるほどの校舎。まさか高校とは思ってませんでした、という通行人に少し学校を案内したことがあります。ぜひ、保存と維持を。京都府教育委員会の言う特色ある学校、まさに鴨沂高等学校がそのものではないでしょうか。大河ドラマで話題になっているのに。京都の観光文化スポットとしても今も生きた学校としても保存すべきでしょう。
    (元職員)
  • 観光の町京都。京都検定にも出てないのでしょうか?観光都市の名所を、残さない理由が、はかりかねます。教育委員会様は、何を子供たちに教育しようとなさってるのかわかりません。伝統は、一度壊すと二度と戻りません。直して補修して、先人の知恵を受け継ぐことこそ教育のきほんではないでしょうか。保存したくても、無理なものが増えていくくらい、日本には、古いだけじゃない意義深いものがあり、世界に誇れる、ハヤブサのような技術も、ips細胞の成果も、決して、海外からの新しい知恵の受け売りで出来たものでは、ないはずです。革命ばかりして、過去の遺産を破壊してきた国には、ノーベル化学賞や、物理学賞はとれません。教育崩壊が、目に余る今!温故知新の大切さを子供たちに示してください。教育委員様。
    (京都市民)
  • 和洋折衷の近代建築の高校・・・ここで勉強できるなんて、いいですね。
    (京都市民)
  • どれもこれも良い仕事してますね!いつ頃からおかしくなったんだろう??日本人である誇りとか気概みたいなものは何処へ??現代の建売住宅がその象徴の様な気がします。作る方も作る方だけど、買う方も又…。
    (落成記念時の校舎写真によせて/京都市民)
  • 未来をになう若者への教育現場として、この時代に出来る精一杯の設備を整わせた気概が感じられます。やり過ぎでもなく、足りなさ過ぎでもなく。真面目な日本人の真面目な一面がここにあり、ひとたび足を踏み入れればスッと背筋が伸びる環境のように思えます。
    戦火を逃れることが出来た事は奇跡ではなく、必然のような気がしますね。
    (落成記念時の校舎写真によせて/京都市民)
  • 校舎が無くなるのも残念ですが、新しい校舎になって校風や雰囲気といった母校の”良さ”も無くなってしまうのではないかと思うともっと残念です
    (卒業生)
  • 素朴な疑問…先日、野暮用で府庁訪れました。解体工事ではなく、補修工事をされていましたね。ノスタルジックな僕好みのステキな建物…でも、その中で働いておられる職員の方々は、「建物はステキで気に入ってますが、風通しが悪く夏は暑いし冬は底冷えして耐えがたい…」と口を揃えておっしゃっていました。大切な伝統や歴史を守る為には、人間が我慢すれば良いんじゃないの?と、簡単に考えてしまう僕は、変わり者なのかな(笑)。府庁は、解体せずその形を残そうとしているのに、何故鴨沂高校はそれが出来ないのか??不思議に思いましたね。教育委員会の担当者の方々も、組織の中で生きてゆく為には、与えられた仕事を粛々とこなすのも大切なコトでしょうけれど…なんか寂しいですよね。
    (京都市民)
  • 引っ越しするのに建物解体するなんて聞いたことがない。
    運び込むときにも入り口ぶっ壊したんでしょうか。
    確保もなにもないでしょ。
    (校舎土塀解体によせて/他府県在住)
  • まさしく、国登録有形文化財の要件を具備している建築だと思います。
    私達のまちでも、18年前に兵庫県立神戸高校本館の保存運動が展開され、県教委が校舎の一部保存に方針を転換して校舎の建て替えをしました。
    (神戸在住)
  • 京都府教育委員会会議録には京都府立鴨沂高等学校高校30人学級を進める会等から教育環境の改善を求める請願書の提出があり…と平成24年の会議録には以下のような記載がありました。
    【委員の意見等】

    ○ 鴨沂高校は古いのではなく汚れているという印象を受けた。
    ○ 鴨沂高校の茶室もかなり傷んでいるが、文化財として残す必要があるかどうかも含めて考えなければならない。

    結局、文化財という側面からの話しはその後は何も具体的には進んでいないのでしょうか。
    いくつか見られた会議録からは当初から「教育環境の改善=全面建て替え」というところから議論がはじまっているように感じました。
    方や府や高校はNHK大河ドラマ「八重の桜」のブームに乗るかのようにこの3月には

    -八重がつなぐ絆-「幕末の京都と会津、鴨沂高校と葵高校」-そして今-
    というパネル展示を行いその告知には、現在の鴨沂高校の歴史的建造物のイラストを展示…とコピーにもちゃんと「鴨沂高校の歴史的建造物」と認識のある文句がありました。マスコミも建て替えについては「講堂最後の卒業式」という記事があるのでご存知なのでしょうね。
    鴨沂高等学校出身で地元の京都建築士会などに登録なさっておられるような方々を含めた有識者の意見なども考慮され、最善の方向にかつ、柔軟にお話が進むことを切に願います。
    頑張ってください。
    (他府県在住)

  • 地下道の北運側の出入り口ですね本当に美しいデザインで太陽の影が美しいシルエットをつくります。思い出を一つ紹介します。私が生徒部にいた頃、この屋根のモルタルがはがれかけていたので棒で突っつくと、かなり大きなモルタルがガサッと落ちてきました。「アブネエ!」早速、学校中のモルタル剥落危険箇所をチェックして、当時の校長先生・事務長さんに「生徒に当たったら大変」とお話しすると、委員会に掛け合って素早い補修をしてくれました。他にも中庭のカイズカイブキが大雨で倒れたこともありました。これも樹木が大きく成長しすぎて校舎から離れるように離れるように伸びたためとわかり剪定業者が入り解決してくれました。当時の管理職の先生は生徒に安心して学んでもらえる環境整備に粉骨砕身頑張っておられました。
    (元教職員)
  • 今、古い建物を使っての博物館やカフェなどとても人気がありますよね。古いからではなく美しいから。そしてそれが京都らしさなんだと思う。で、鴨沂はどうなんだ?みんなに気付いてほしいな!他府県、他国の方の方が、そういう値打ちをよく知っている・・・ような気がする
    (卒業生)
  • 古いものがやっと見直されてる時代。すべてを残してといっているわけではありません。ノスタルジーだけではなく、本当に価値あるものがわかる人が増えてきているのだと思います。
    (卒業生)
  • 建物解体が回避不可能ならばせめて木々だけでも。私の出身小学校にも大きな欅の木があって、その下で毎年運動会にお弁当を食べていました。沢山の人の心に思い出を残して支えとなっている樹は「モノ」ではありませんよね。実は私の小学校の思い出のケヤキは、敷地を図書館に立て替えた際に根をやられたらしく、その後どんどん元気をなくして、見る影もなくなってしまったのです。思い出の樹を失った身としては、他の方に同じ思いをして頂きたくない、そういう気持ちです。
    (他府県在住)
  • 鴨沂に対する思いは、60年代までの卒業生は恐らく熱い思いがあると思います。それに個々のおかれた境遇がより熱くさせるのでしょう。そういった思いを大切にできるような建て替えするのが鴨沂の伝統だと思います。ノスタルジアだけでない。よき友や後輩と送った学生時代を思い起こすことのできる新しい建物を目指すべきだと思います。
    (卒業生)
  • 「古いのではなく汚れているという印象」のコメントは悲しい限りです。「古いのと汚れているのとは違う、丁寧に掃除しよう」と生徒にも呼びかけて、日々掃除し年数回油拭きをし、予算的に業者が入らない時は技術職員さんたちが壁のペンキを塗り直すこともあったと思います。みんなできれいに使おうと努力してきたつもりなのに。
    (元鴨沂高校教職員/定例教育委員会議事録に掲載されていた委員コメントを受けて)
  • 思いで深い写真が多いので、涙が出ます。この校舎が無くなる? そんなことあり得ない!!!!! 
    今住んでいる愛知の旭丘高校(県立一中)は、外観を失わず、中だけ変えました。ParisのChanelのやり方と同じですね。
    窓がアルミサッシに変えられ、昔のように上下に動くヨーロッパ式の窓で無くなっているのが、残念です。
    戦前の女学生が袴で上り下りするため、階段が緩やかになっています。それが鴨沂の階段の特徴でした。それも無くすんですか。
    何を残して、何を変えるか、十分検討して下さい。
    (卒業生)
  • 解体・新設の計画が出始めたのがいつで、具体化して行った経過がわかりませんが、「保存改修」の道を模索するのが、本来の、第一の道だったのではないかと思います。
    何故、「全面解体・新築」になったのかの調査や議論の過程が分かりませんので、今、教育委員会が示しているのが唯一の道かのかもしれませんが、その過程を明らかにしてくれない以上、「保存改修」の声が挙がるのは当然のことだと思います。
    (他府県在住)
  • 壊してしまうのは簡単ですが、このように歴史的な建物は二度と同じに造る事はできないのですよね。工夫して部分的にでも保存活用できる道は無いものでしょうか?
    (他府県在住)
  • 卒業生でも何でもありませんが、応援します。
    大変だと思います。
    私の母校でも、煉瓦造りの校舎を一つ壊してしまいました。この階段の写真を見ると思い出すような、古くて瀟洒な学び舎でした。
    取り壊しの話があがり、OBが署名を集め、今の場所に残せなければ明治村に移築という話しも流れてきたのですが、結局、全て取り壊されてしまいました。
    残ったのは、階段の一部と中庭に出入りできた窓の枠だけだったかな。あくまでも保存という形で昔の面影はありません。
    貴校からほど近い学校といえばすぐお分かりになるでしょうがf^_^;)移築にしても、現存しているものを維持するには、新築の何倍ものお金がかかる、と聞かされました。他にも文化財として保存されている建物が系列校にあったので、取り壊しはないだろうと思っていましたが、呆気ないものでした。
    府立であれば京都府を説得していくのも、何かと大変なのかもしれませんね。
    構造上の事となると素人なので分かりませんが、惜しむ声があるという事を伝えていくことが大事だと思います。
    (京都市民)
  • 我々日本人一人一人がもっと思慮深くならないといけません。目先の5年10年ではなく、50年100年…いや1000年単位で考えなくては。大昔の京都人はそうだったと思いますよ。だから続いてきたんです。今の世の中の風潮に流されたり洗脳されてはいけませんね。真実は、一つです。
    (京都市民)
  • 建物を生かし文化を守る!これ一言ですやんか!!府会に不快な思いを抱き始めている今日この頃です!
    (卒業生)
  • 私の曾祖母が京都府立第一高等女学校の出身です。
    この校舎は昭和10年竣工とのことですので、曾祖母が通った校舎とは異なりますが、お写真を拝見して、乙女時代の曾祖母の姿を垣間見たようで、感慨深いものを感じました。
    ちなみに祖母は、京都府立第二高等学校の出身で、現在の朱雀高校にあたるそうです。
    祖母から、「府一女」「府二女」の話をよく聞かされたので、とても懐かしく思いました。
    伝統ある学舎と見事な植栽が、新しい学舎に生かされることを願ってやみません。
    (他府県在住)
  • 私は、10年前に築250年余りの古民家を改築し自然と向き合った暮らしをしている者です。コストだけで考えてみれば、全部壊して一から新しいモノを立てた方が安くつくのは分かっています。が、古き良きモノを残しつつ耐震強度も踏まえながら今の技術を注ぎ込む方法は、知恵を絞れば幾らでもあるはず。安易に楽な手段をとるのは危険です。一度壊した文化や伝統は、取り戻す事が出来ません。もっと、もっと思慮深い判断をして下さい。木々も建物も魂が生きづいて居るのですから…。
    (京都市民)
  • その豪放磊落な行動力から、新島襄をしてハンサムウーマンと言わしめた、八重。
    正しく八重の桜の放映年度に、八重がかつてそのハンサム振りを如何なく示した所縁の学校が解体されるという不条理。
    昨今の日本人は時間の堆積に対するリスペクトが絶望的に欠落してしまったのでしょうか。
    少なくとも該当行政府だけは、その意味の重大性を意識し、地元行政区域に広く知らしめ啓発しなければ、喪われてからでは正しく懐古しかできません。
    貴女の今回の行動は、遅過ぎたとは思わないで下さい。
    本来ならば、もっと早い時期に情報が入り、声を挙げる機会があったにも拘わらず黙殺した奴等の代わりに、止むに止まれず声を挙げた、壮挙であると思います。
    仮に満足いく結果を得られなかったとしても、声なき声を挙げ、行政はじめ極楽とんぼのような傍観者を決め込んでいた人々に、バツの悪い感情を与えただでも、長い眼で見れば意味があると思います。
    その草創期には新しい教育理念を実現する為に新島八重が旧習と奮闘し、その終焉にはあなたが存在意義を問う為に奮闘した。
    以って瞑すべし。というわけではありませんが、学校に関わった多くの人の想いを刻み込んでいただけるよう、事態の行方を注視し、陰ながら応援させていただきたいと思います。
    (他府県在住)
  • なんてなりふり構わぬ建て替え工事。日本の病理の象徴のようです。
    (京都市民)
  • 旧耐震(昭和56年5月以前)の特定建築物の耐震補強と活用について、難しい問題が多々ありますが、滋賀県の豊郷町にあるヴォーリズの手による豊郷町立豊郷小学校の旧校舎の事例が参考になるんではないでしょうか?

    ご存知かもしれませんが、Wikipediaに詳細がありますので、一部引用致します。
    1999年(平成11年)に大野和三郎が豊郷町町長に就任すると、施設の老朽化と耐震性を理由として校舎と講堂を解体するとともに新校舎の建設を目指す方針を打ち出し、町議会もこれを賛成多数で承認した[2]。

    しかし、地元町民からは歴史のある校舎を取り壊すことに反対する意見が出され、賛成意見を大きく上回った[2]。2001年(平成13年)10月に「豊郷町の歴史と未来を考える会」が設立されて大津地方裁判所に講堂の解体工事の差し止めを求める仮処分申請を行ない、2002年(平成14年)1月に裁判所は差し止めを認めた[2]。町側はいったん地裁の判断を不服として高等裁判所に抗告したものの、講堂を保存する方向に方針転換[2]。しかし、校舎に関しては解体の方針を変更しなかった[2]。

    2002年8月、考える会は大津地裁に校舎解体差し止めを求める仮処分を申請し、12月19日に承認されるが、大野町長は地裁の判断や町民の意向を無視して同月20日に強行的に解体工事を開始[19][2]作業員が、解体中止を求めて抗議した女性を床に叩きつけるなど、暴行を加える様子もニュースで放送された。(町長や工事の作業員は、本件で2004年(平成16年)1月に書類送検された[20])。これを受けて町民は工事の差し止めを求めて校舎に立てこもり、町長も工事中止を発表する[21]。かかる状況の中、大野町長は24日になって方針を転換し、新校舎を建設しながらも旧校舎を保存するとした[19][22]。

    新校舎の建設に固執する町長の姿勢の背景には、多額の新築費用が生じる公共事業による地域活性化を見込んだ点や[21]、改修の場合には国による費用の補助割合が低く設定されている点が指摘されている[19]。また、改築の根拠の一つとなっていた耐震性については、耐震診断のデータに不自然な点があることが明らかになっている[19]。日本建築学会は校舎の老朽化や耐震性の問題について、改修によって対処可能と指摘している[2][19]。

    この後、2003年(平成15年)3月にリコールによって大野町長はいったん失職をしたが、同4月に統一地方選挙の一環として行われた町長選挙に立候補し、解体反対派候補の分裂もあって「歴史と未来を考える会」側の立候補者等を破って町長に返り咲いた[23]。2003年3月には住民によって[24]新校舎建設の差し止めが請求されたものの[25]、6月に着工した[19][26]新校舎は2004年3月に完成した[25]。
    考える会側は大野町長に対する損害賠償請求、校舎建設費の支出差し止め請求および賠償請求の3件の訴訟を起こしたが、損害賠償請求および支出差し止め請求については、町長に賠償を認め[27]、また、支出差し止めを命じる判決が最高裁でそれぞれ確定[25]。また、2007年(平成19年)12月には校舎建設費の賠償について、建設業者などが校舎保存のための寄付を行うことなどで和解が成立し、校舎改築問題に関する訴訟は全て終了した[28]。なお、大野町長は2007年4月の統一地方選挙では町長選に出馬せず、県議会議員選挙に出馬したが落選している。その後、2011年4月の統一地方選挙で滋賀県議会議員(犬上郡選挙区)で当選した。

    その後、豊郷町は旧校舎の保存や管理を目的としたふるさと納税を募っており[29]、また、2008年(平成20年)10月よりは、約5億5300万円を掛けて旧校舎の耐震・改修工事を開始している[30]。一方、考える会側も、設計事務所に旧校舎の耐震診断を依頼し、3階の一部への軽微な補強(約500万円)以外の工事は不必要との解析結果が得られたとし、また、不必要な工事によって旧校舎の文化財的価値を毀損したとして、2009年(平成21年)3月に設計事務所と伊藤定勉町長に対し、設計監理業務の委託費約3000万円の返還を求める訴訟を起こした[31][32][33]。旧校舎は耐震工事完了後の同年5月30日、町立図書館などが入居する複合施設として再出発した[30][34]。
    (他府県在住)

    信じられないことばかり、、、日本は文化を継承することをやめたいのか。戦後バラック建築によって失われる景観と空間の数々
    (京都市民)

  • 誠小学校や、京都アートセンター(元明倫小学校)、大阪の精華小学校のように、アートや地域の文化発展のできる場所として活用できないのでしょうか?
    (卒業生)
  • 京都人の一人として、壊すのは簡単、可能な限り残して欲しい。南座や歌舞伎座は古い姿を残しています。
    (京都市民)
  • 懐かしい!鴨沂高校の低い段差の丸みを帯びた木の階段。木の床。私も残って欲しいなぁと思います☆
    使い込まれたモノにしか出せない味わいある木の感触が好きでした。
    残ってくれたらやっぱり嬉しいです。
    (卒業生/84年卒)
  • がんばってください。心より応援申し上げます。古いものには魂のこもった美しさを感じます。京都の、日本の美しさを少しでも守って欲しいと思います。
    (卒業生)
  • わたしの通った高校も木造でした。歴史を感じる色や匂いは、今でも記憶に残っていて、いい味でした。是非、遺してほしいものです!
    (他府県在住)
  • ただ古いだけじゃないんですよね。わたしの母校も、変わってしまって哀しく想っています。
    (他府県在住)
  • 校舎の建て替え、新聞の記事で知りました。
    個人的には、母校ながら、保存が決まった滋賀の豊郷小学校に負けず劣らずの素晴らしい校舎だと思っています。
    どうか、あの佇まいをなくしてしまわないで欲しい。
    (卒業生)
  • 母校です。あの階段もあの窓もテニスコートに抜ける地下歩道も大好きでした、何かの形でリサイクルされ、佇まいが残りますように。
    (卒業生)
  • 何回かお邪魔しましたが、素晴らしい建物です。
    京都という街にあるから珍しくないみたいにおもわれますが、他府県民からみたら羨ましい限りなレトロな建物です。
    世界遺産ならぬ、地域遺産として大切にあつかってできる限り面影を残していただきたい。リノベーションが世界のスタンダードになる今日このごろ、世界の京都としてできる限りのリノベーションを!
    (京都市民)
  • 年月に磨かれた建材たち、出来るだけ再利用を考えて欲しい物です。私が在籍した上京区の桃園小学校の素晴らしい建物も取り壊されて久しいです。有志の方が建物の記念アルバムを作られましたが、やはり実物を利用する努力を市にお願いしたいですね。
    (京都市民)
  • あそこに行けば 床板が あるよ とか
    新しい建物の一部を 古材でデザインするとか…
    潰しても遺す
    そこまでは計画に無いのでしょうか…
    (京都市民)
  • 応援します!伝統やリサイクル、温故知新です。そして輪廻!’
    (京都市民)
  • 耐震問題を考えるなら、建て替えや、取り壊しを、考える前に、一度補強リホーム的な事を、考えてみる事は、出来ないのでしょうか? きっと、あるはずですが、京都会館も、無くなってしまいましたね。 諦めてしまえば、もうそこには、何も無く、、、なにかを、残そうと言う気持ちが、すごく大切だと思います。
    (京都市民)
  • 故母が通った同志社女学校(現同志社女子中高等学校・女子大学)は、栄光館(旧校舎?)建て直しの時に、赤レンガを希望する卒業生に配った筈です。
    技術的には問題無く可能な筈。
    応援してます。
    (京都市民)
  • 烏丸御池上るの現マンガミュージアムの建物のリフォームと現在の使用の在り方を是非ミュージアムと同様、京都市は再度検討するべきです。鴨沂高校の建造物の補強は可能なはずです。京都市内の小、中、高校は年々新しくなっているように思います。歴史ある建造物を丁寧に大事にする保守を市がしなければ他の都市と変わらない街並になる日がきてしまいそうです。
    (京都市民)
  • 新しい物はいつでも作れますが古い物は二度と戻りません。古材は貴重ですから少しでも残して欲しいですね。
    (京都市民)
  • 父と私の母校です。効率が優先される中で、効率の追求に漏れるものを大事にする精神をこれからの人たちにも身を持って学んで欲しいです。
    (卒業生)
  • 夫や友人の母校です♪亡き母は、隣に住んでいたのですが定期をぶらさげて登校したいと思い他校へ・・・しばらくするとかなり後悔したと言っていました^^;何度か立ち寄りましたが レトロな建物が周りに溶け込んで素敵でした。是非、残して欲しいですね♪
    (京都市民)
  • 京都だからこそ、古き良き建物を大事に扱って頂けたら、と思います。
    (京都市民)
  • 「古い建物が無い町は、思い出のない人間と同じだ」と詠み人知らずになったことわざがドイツにあります。誰が言ったかわからないほど馴染み深く浸透した思想。ということですね。どんどん壊して捨ててばかりいるとピカピカの建築に囲まれた年寄りばかりが住む国日本。

    このままでは早晩、そのようになりますよ。枯れたモノにしか出せない深い叡智を内包した容姿は、いつの世もそこに安心をもたらせてくれます。この建物が耐震性に問題を含んでいるのであれば、壊して、もう一度その材料を利用して建て替えれば良い。足りない資材は古材を買い足せば良い。新建材による醜いリモデリングではなく、古材を使ったリクレイムドで再生するべきだ。壊す 、しかし捨てない。これが21世紀スペックへの再生ですよね。お手伝いしますよ。
    (京都市民)

  • 私の娘の通う小学校も2年前に建て替えました。その際にお父さんの会で職員室の立派な床板を剥がして、木札を製作し全校生徒に配布しました。その他、掲示板や下駄箱の札等に活用してます。
    この声が届くことを祈ってます!
    (京都市民)
  • そら あきまへん・・・私は、洛北でしたけど、もう 昔の面影は どこにもありません(´;ω;`) 鴨き高校さん 頑張っておくれやすこんな写真のような 材木 ゴミにしたらもったいない。 有償でもええので、ゆずって欲しい(^_^;(^.^) 
    運動 頑張って下さい。
    (洛北高校出身者)
  • 何とか保存してください。 拙宅も大正の近代建築で、同じような価値のある階段があり改築を未然に阻止するために平成18年に皆さんの応援で国の有形登録文化財に指定にこぎつけました。 鴨沂高校は歴史ある進学校です!応援します。
    (他府県在住)
  • 何年かぶりに母校を訪れたら、何もかもが変わっていた。時代は変われど、さみしい話ですよね。歴史的に価値の高い校舎なら尚更だと思います。私の母校も古く木製階段でした。あの独特のギシギシ音や油引きの匂いは今でも鮮明に記憶が蘇ります。好きでした。ぜひ再利用を実現して、卒業生全てが訪れたいと思う素敵な校舎になることを願っています。
    (他府県在住)
  • なぜか私の学校は古かったのですがいまだに全部学校が残っています。私もですが誰もがまた懐かしい母校を見たいものだと思います。まだ集まってませんが何十年も跡みんなで記念品を埋めたのを思いだします。やっぱり学校は残して欲しいと思います。
    (他府県在住)
  • 卒業生ではありませんが、友人が多く通っていました。
    部活の関係で一度だけ訪ねたことがあるのですが、温もりのある良い校舎だと感じました。
    新校舎への再利用でも、一部移設保存でも出来るよう、応援しております。
    (京都市民)
  • 私は鴨沂高校のすぐ傍で生まれ,小学校に入るまですごしました。そして,もちろん,幼稚園は鴨沂幼稚園に通いました。幼稚園は,今は鴨沂会館となっていますが,今から20年ほど前何度か楽器の練習で使用しました。その当時でさえ,自分の幼稚園の時の面影の残る建物が大切にそのままの形で使用されていることに感銘を受けました。高校の校舎には入ったことはないのですが,きっと鴨沂会館より古いものなのかと。それが今日まで使われ続けてきていたというのはなんと素晴らしいことでしょう。是非,部分的であっても,バラバラになっても,その片鱗がどこかで息づいていってくれるよう願います。
    (京都市民)

◎校内樹木について

  • 環境問題が深刻な中、樹木は大切な資源です。そんな状況でなかったとしてもせめて移動する事にとどまらせて欲しいな
    (卒業生)
  • コストがかかるように見えても、長い目でみれば、財産になったり、生徒たちの情操を育んだり、お得だと思います。
    (卒業生)
  • 在校生の安全性を第一に考えることには賛成できます。でも、合理的に割り切らないで欲しいです。樹木の命、共に歩いて来た思い出、単に引き抜いて失う物は大きいと思います。
    (卒業生)
  • 観光都市を標榜する府県として歴史的な建物及びそれらを形作る景観に対してあまりにも配慮ない工事を行うことは卒業生の一人として許しがたい
    (卒業生)
  • 鴨沂高等学校では多くの生徒がその多くの樹木を見たり感じたりした事でしょう。その人達の為にも抜いたりしないで下さい。
    (京都市民)
  • 木も花もない、ただ建物だけな場所は息苦しくて寂しいです。
    (他府県在住)
  • 時間の蓄積がもたらす美しさを守らずして、教育は語れません。
    (卒業生)
  • 木は成長するのに永い年月がかかります。物ではなく、命と考えて効率のみを追求するのをやめて欲しいと思います。
    (卒業生)
  • 考え抜いた署名です。鴨沂高校に存在する多くの樹木を見てきましたが、命あるものでした。私の住む町の大木もいつのまにかなくなりました。人間の都合です。どうぞ皆さんのメッセージ含め、直面されている問題を見直していただき、耳を傾けてください。よろしくお願いいたします。
    (卒業生)
  • 文化と美意識を教育の中に(卒業生)
  • いや、まじで辞めて欲しいですね。何年かに数秒くらいしか前通りませんが、通ったらやっぱりその一瞬、変わらない鴨沂を見て懐かしい気持ちになります。でもその面影すらなくなったら、切なさしかでてこなくなってしまう。。取り壊しが決まったのなら、せめてその木々、面影だけでも残して欲しいです。よろしくお願いします!!
    (卒業生)
  • 長年鴨沂の生徒を見守って来た木々を大事にしてほしいです。木にも命があります。命の大切さを伝える為にも、木々の為にも残してください。切るなんて可哀想すぎると思います。木達はこれからも学校と言う場でたくましく生きて行きたいと思っていると思います。子供達にもあの小さな森は必要だと思います。学生時代、あの小さな森によく癒されていました。
    (卒業生)
  • 京都「府」って本当にもったいない事を平気でするよ。ええかげんにして欲しい。
    (京都市民)
  • 古くから(私たちの生まれる前から)そこで生きている木にも命があると思います。人間が工事をすることで邪魔だからと言う単純な理由で切ることは辞めて欲しいと願うばかりです。当事者ではないので、なんともいえませんが、最低、話し合いの場は持つべきだと思います。
    (他府県在住)
  • 解体しなければならない物は解体する勇気がなく、守るべきものを守れない…それが今の日本。
    (卒業生)
  • 洛北の二の舞にはしたく無い!
    (京都市民)
  • 現在ある植栽を新しく建設する校舎の校庭に生かし、多くの卒業生達の心と共に、新しい学舎で学ぶ学生達を見守らせてあげてください。この校庭の植栽にある木々や草花は、貴重な宝物です。この命を是非、新学舎にも繫げてください。
    (他府県在住)
  • 母校は僕の誇りです。府外の方に母校の話、写真を見せると流石 京都!とうらやましがられます。
    (卒業生)
  • 卒業生です。鴨沂が進化するのは良いけど、大事なものを失わないで欲しいです
    (卒業生)
  • わたしも母校の校舎がほとんどなくなったので、寂しい気持ち、惜しむ気持ち、わかります。
    (他府県在住)
  • 安易に殺さないでください。生かす道を探ってください。人間以外の命の尊厳を認める社会を目指してください。お願いします。
    (卒業生)
  • 建物の解体がもやは撤回不可能ならばせめて木々だけでも。長い歴史の中で多くの子供たちを育ててその人たちの心に残っている木々なのです。
    (卒業生)
  • 60年前を思い出しました。「ウィーンの森」の当時は細い木でしたが、今では「森」になっていますね。これがなくなってしまうとは!!
    (卒業生)
  • 私は、父の転勤で小学校を4つも行ったのですが、転校生が一番癒されるのは、学校内にある、木々だったり、動物だったり、そこから友達が出来たりするのですね。高校時代も校舎の裏の木々の芝生で、遊んでました。校内に残る事を願っています。
    (京都市民)
  • 鴨沂専用グランドである紫野グランドにおけるフレックス学園建設計画問題/北運動場施設の更地化によせて

  • 京都府は鴨沂高校の生徒が教育を受ける権利を保障せよ!
    (卒業生)
  • せめて紫野グランドと同等の面積のグランドを確保して下さい。
    (卒業生)
  • 子供達に未来ある鴨沂高校を!
    (卒業生)
  • 北運のグランド化だけでは、紫野グランドに代わる広さは補えません。具体的な案を提示して頂きたいものです。
    (卒業生)
  • 説明責任を果たしてください。
    (卒業生)
  • 奪わないでください!!
    (在校生保護者)
  • 「卒業生や在校生のために」ではなくて、未来の鴨沂高校生のためにグランドが必要なのです。
    (卒業生)
  • ここは彼らにとって青春を謳歌する大切な場所です。
    (卒業生)
  • 現在の在校生たちがグランドを失わなければならない理由がわかりません。まずは在校生の教育条件を保証してください。
    (元教職員)
  • なんか解決策があるはず、生徒のことを考えて、見つけたいものです。
    (元教職員)
  • 紫野グランドと同等以上のグランドが確保出来なければ紫野グランドを取り上げないで下さい。
    (卒業生)
  • グランド問題について
    府内のどちらの高校もグラウンド不足ですね。昨年から新しいグラウンド探しや近くの学校に一緒に使わせて頂きたいと協力要請はどの程度されたのか、またその結果について、京都府、鴨沂高校関係者の方々より具体的にお伺いしたいです。
    (卒業生)
  • 我々の時は紫野グランドに加え、寺町通りと御所の間に鰻の寝床の補助グランドがありました。御所の中にあるグランドを優先的に使用できるとか、代替のグランドは絶対確保するべきです。北側グランドは無理がある。
    (卒業生/65年卒)
  • 子どもが工繊でクラブ活動しています。
    大学内でのグラウンド争奪が激しいので、府立高校に貸す・・・なんて出来ないのではないでしょうか?たぶん・・・工繊のグラウンド取れなくて、ノートルダムのグラウンド借りるくらいですから
    (京都市民)
  • まだまだ動いています。
    諦めもしていません。
    間違えなく工事が始まってしまうまでズルズルと誤魔化し続ける戦法のようです。
    なぜ紫野グランドなのかという説明は今も一度もありません。
    私はイジメだと認識しています。
    この20年間、我が母校は教育委員会からイジメを受け続けています。
    そうハッキリ伝えたら「この2~3年はそうでもないです」という返事をいただきました。
    いじめていた認識をお持ちなのだとわかりました。
    (紫野グランドへのフレックス学園建設に寄せて活動をされている方/卒業生)
  • 僕らの仰げばは、紫野まで練り歩き、紫野グランドでフィナーレを迎えました。あのグランドに流れた仰げば等としと炎は忘れられない思い出です。紫野から友と語り合いながら学校に戻る時のことも、昨日のような気さえします。やはり寂しいですね。
    (卒業生/72年卒)
  • 毎回バスにゆられて行くのも結構好きでした。
    (卒業生/85年卒)
  • さびしいですね。バスに乗って行ったのもいい思い出でした。それより高校にグランドがない!考えられない!北運で体育祭とか考えられない!テニスコートもなくなっちゃったんですね。高校教育にグランドが必要ないなんて、まさかどなたも思われませんよね?
    (卒業生)
  • グランドは、広さを確保するのが、第一条件でしょう!だから、紫野までバスで通ったのだから、プール跡は、無理がありますね!
    (卒業生)
  • おーきほどのフレックス学園の体制を崩して何言ってんのwって感じで笑っちゃいますねw
    せめてどこかグラウンドの確保を先にしてほしかったです、京都府のおえらいさんに。なんかおーきも偏った学校ではあるんで仕方ないんでしょうけれど潰しにかかられてる感じがするのは気のせいですかね?
    (卒業生)
  • これほどめった打ちに鴨沂の存在理由や校風を解体するんだったら、極論かもしれないけれど・・・もう、ではここに鴨沂を作れば良かったんじゃないかな?と。その新設フレックス学園と、合併型にして、ね・・・。そして、現在の鴨沂高校校舎は例えば京都芸術センターや漫画ミュージアムみたいにして、残すとか、ね。
    もしくは、新設高校まで新たに開校出来る予算があるなら、現校舎にその予算を投じて耐震性をクリアして併設するとか・・・って、建築方面には全くの素人だからと議論させてもらえないのはなんだか不公平です。私たち、京都府民で納税者なんです。よね。少なくとも。
    (卒業生/90年卒)
  • 北グラウンド。グラウンドとしては狭いですよね。紫野グラウンドはどうなるのでしょう?部活動で自転車で行ったり、体育の授業でバスで行った懐かしい思い出が詰まってます。
    (卒業生)
  • クラブボックスが、まさにこっちのグラウンドでした。毎日目にした屋内プールのあるグラウンドの光景…
    「仰げば」や、卒アルの集合写真もここだったな。私にも思い出深い場所です。
    (卒業生/90年卒)
  • サッカー部所属でした。ラグビー部、野球部と共に紫野グランドで部活動してました。
    紫野グランドがなくなったら、クラブ活動はどうなるんでしょう。
    サッカー部は、他校との定期交流戦も恒例行事してありました。
    校舎の建て替えを期に外部だけでなく、付帯環境も大きく変わっていくのですね。
    (卒業生)
  • 校舎といい、グラウンドといい…懐かしの学舎の風景が無くなってしまうのは、ほんと残念…と言うか、悲しいね。
    (卒業生/90年卒)
  • 鴨沂幼稚園に通い、このグランドの隅が運動場だったので、懐かしいです。転がってくるテニスボールを拾ったり、学校の周辺も遊び場だったので、よく下の窓からフェンシングを覗いたりしたことを思い出します。
    (京都市民)
  • 水泳部でした(皆は水球部と呼んでますが、正式には水泳部です(笑))
    今は温水らしいですが当時はそんなものなく、日当たりもないので冷たい水に苦しみながら練習してました
    あのプールもなくなってしまうんですね
    さみしいなぁ
    (卒業生)
  • ◎図書館、茶室、その他建造物について

  • 図書館について
    こんなん壊すだなんて、絶対もったいない!そう思います…
    (在校生保護者)
  • 老朽箇所を改修して、内部空間の有効活用をすれば、きっと素晴らしくなると思うんです。例えば、一階の寺町側の入り口を本来的な外部からも使えるようにしたり、大量の蔵書は、周辺大学生らにも見られるようにしたり。2階の空間をギャラリースペースにして、鴨沂の絵画やお宝展示するとか。本来の意味のコミュニティースペースとして蘇らせて、地域や周辺大学生との交流の場にする。そうすればもっと、鴨沂の事が分かってもらえる。放送室も、カウンセリングルームもリノベーションすれば、良きものになるし、色んな意味で風通しのよい建物になると思うんです。見慣れて良さが分からなくなった我々も、ちょっと見方を変えればきっと必ずいいものは見えてくる。少なからず、この建物は、言われている所の耐震性で壊されるのでは無いのですから、やっぱりどう考えても納得説明は、公に言われていないのが、問題だと思います。
    (卒業生/90年卒)
  • ピアノを弾けるようにしとくと、サロンコンサート収益で修理代やら維持費やらの足しになる
    (卒業生)
  • 図書館は本当に図書館という別の建物だった。こんなことは他の学校では考えられない!!!
    (卒業生)
  • 耐震設計はクリアというのに、老朽化という理由はないような……。この請け負い業者はどこなんでしょうかね。行政のやることは、経験上、信用できません。
    (卒業生)
  • Heritage級の建物のように感じます。どうしても取り壊さないといけないのであれば、せめて明治村等に移築保管するとかできないものなのでしょうか?
    (他府県在住)
  • この図書館には思い出がいっぱい。司書の方もとても良い方でした。二階には放送室があり、三年間ランチタイムの番組を作って録音や時には生放送も。現代国語の松谷先生を招いてトークショーの番組もありました。この建物がなくなるなんて信じられません。この写真の階段で撮った放送部メンバーにも知らせたいと思います。
    (卒業生)
  • 図書館にはタイタニックの様なリフトがあり、夏目漱石や芥川龍之介などのバードカバーがたくさんあります。
    そのリフトの保護もお願いいたします!!
    (卒業生)
  • 茶室について

  • 今、教育委員会が言ってることって、鴨沂高校にしようとしていることとま逆ですよね。どっちが本当?茶室なんて、守りたいお方が京都にはきっとおられれるはず。
    (卒業生)
  • サッカー部でしたが、この部室に憧れて、北運にあった部室を移転してもらった思い出があります。隣の和室には、夏合宿で雑魚寝しました。
    (卒業生)
  • 女性が茶の湯に深く関わる基礎になった歴史的に意義ある茶室です
    移転(譲渡でも)を含め検討願いたいのですが
    具体的に何畳でどういう形(三畳台目とか色々種類があるのです)なのか
    現状すでに朽ちてしまっているのか 補修可能なのか
    そのあたりの情報がいただきたいと思います
    (他府県材在住)
  • その他ー

  • 大阪市では多くの学校で、講堂兼体育館兼プール(屋上にあり防火用水も兼ねている)兼災害備蓄倉庫兼生き生き教室(学童保育のための教室)と、一棟何役もさせています。省スペース化のアイディアになれば。
    (他府県在住)
  • ◎鴨沂高校スタインウェイピアノについて

    • 所有者が分からないって無責任にも程がある。学校で買ったのでないなら寄贈されたものと考えるのが自然でしょう、どちらにせよ楽器をたしなむ者としても、この署名を集めている方々の考えに賛同します。微力ながら賛同します。同窓会として動くのなら、募金など協力したいと思います。
      (卒業生)
    • 在校中には、講堂にあり、鍵もなくて、自由に弾くことを許されていました。調律は既にしていない音でしたが、時代を感じるけれど素敵な音色でした。痩せても枯れてもスタインウェイ、殆どの部品を取り替えて仕上げるには相当の費用が必要だと思います。それでも放置して良いという理由にはならないと思います。良い楽器であればこそ、直して生かして行く意味があると思います。賛同し、同窓会として寄付口座が解説されたら寄付します。
      (卒業生)
    • 私を育ててくれたピアノです。もしも、残れるというなら・・・。
      (卒業生)
    • 大阪府立盲学校にあったオーガストフォレスターのフルコンを修理したことがあります。このスタインウェイより状態は悪かったけれど200万円でした。昭和初期のピアノの価値は計り知れません。直して音を聴いた時の驚きと喜びを想像してみてください。

      このピアノに限らず、いずれにしても”遺産”を保存したり展示したりするスペースが必要だと思います。
      あと、顧問弁護士には、京都府又は学校が進めようとすることについて、法律面の助言・指導を受けるものであって、京都府又は学校が保存なり活用なりについて相談すればこそ、弁護士から助言・指導がなされるのだと思います。弁護士にどんなお伺いをたてているのでしょうか?
      (卒業生)

    • 興味のない人たちにとっては“ただのピアノ”かも知れませんが、そのピアノを寄贈された方の思いはどうなるのでしょうか?校舎と共に、修復して大切に未来の生徒たちに受け継いで行ってもらうことが、どれだけ教育的な意味があるかを考えてみてください。
      (京都市在住)
    • 鴨沂高校の貴重な歴史が詰まった、今では公立高校に配置することなどできない、大変貴重なピアノです。備品台帳にない?そんなん、はっきり言って、よくあることです。台帳になくても、鴨沂高校にずっと存在し、鴨沂高校とともに歩んできた貴重なピアノ。是非とも、貴校の素晴らしい伝統の証として、オーバーホールして、これからも貴校の音楽教育の場において日の目を見させてあげてください。適切な場所に設置し、毎年のケアをしていれば、「数十年後にまたこのような姿に」なんてことにはなりません。毎年のケアなら、左程予算もかからないはずです。また、イベント等での使用者に調律をしてもらうことで、学校自体の経費負担は軽減できますよ。同窓生の中から、「同窓会として補修して、鴨沂高校に残そうではないか」という声が上がり始めている今、この同窓生の方々の母校への思いやりを受け取って、貴校の宝を守りませんか?学校側が受け取ってくれる意志を示してくだされば、同窓生の中にも大きなウェーブが起きて、一部の声から同窓会としての動きに発展するのではないでしょうか?貴校の素晴らしい歴史を、貴校には持ち続けてほしいです。是非、ご検討よろしくお願いいたします。教育委員会、学校、同窓会、卒業生、みんなで力を合わせて、是非、貴校のような歴史と豊かな伝統ある学校が、それを時代に繋いで行っていただきたいのです。貴校は、戦火で校舎を失ったり、同じく全面建て替えによって、歴史ある校舎を失ってしまった、多くの学校の希望の星なのです。是非、様々な立場の方々が力を合わせて、この局面を良い形で乗り切っていただきたいと切に希望いたします。
      (大阪市在住)
    • 貴重なピアノであり思い出でしょ
      (卒業生)
    • 校舎は半ばやむを得ない所があったとしても、ピアノと図書館は何とかなるんでないかい。何とかしてほしいなぁ。

      o生)

    • 私が在校中からほったらかしでした。悲しいピアノ。奏でさせてあげたい
      (卒業生)
    • 京都にて、素敵な風情のある鴨沂高校を眺め合唱練習に鴨沂会館に7年通っていたことを思い出します。その鴨沂会館の階段も、昔ながらで、両親が見て京都の凄さに驚いていたことが。京都にいれば、何か力になれたかもしれませんが、再生されることを要望します。
      (他府県在住)
    • これは何とか再生してほしい。微力ながら。
      (卒業生)
    • 貴重な歴史的ピアノを後世に残すことが我々大人の責任です。
      (卒業生)
    • 貴重なピアノ守りましょう!
      (卒業生)
    • 去年、宇部で戦前のスタインウェイを復元するプロジェクトがありました。感動しました。たぶん、これも当時の代理店だった三木楽器の仕入れだと思います。帳簿も残ってるんです。戦時中、どなたかが大事に守ったのだと。戦前のスタインウェイは関西に多いみたいです。大切にしないと。
      (他府県在住)
    • 07年卒ですが、このピアノ、私が高2のときはまだここまで酷くありませんでした。いくつかの鍵盤が戻ってこないものの、軽やかな引き心地が流石で、価値のあるものだということが高校生にもわかるようなものでした。当時から何故修復せず放置してあるのか不思議に思っていました。
      (卒業生/2007年卒)
    • 在学中の時には、
      ピアノのカバーに明らかにタバコを押し付けたと思われる
      丸い小さな「穴」と「焦げ跡」がありました。
      またピアノの中を覗くと、
      弦が何本かスパッときれいに切られているのが見えました。
      正直、生徒がカッターか何かで切ったのだとは信じたくないのですが、
      自然に切れた感じではなさそうでした。
      あまりに衝撃的で、今でも覚えています。。。

      そういう印象が第一にあったので、
      復元の話が出ていても、
      あんな状態からどの程度までの復元が可能なのか、
      ちょっと疑問に思うところがあります。
      それよりもまず即刻生徒の手にあまり触れない場所に、
      避難させるべきなのでは?

      確かに身近にあんな一品がある環境というのは、
      ほんとに素晴らしいことで、
      我が校の誇るべき校風と言えなくもないです。
      しかし、かと言ってその価値もよく理解しないままに、
      ただただ放置しておくというのも、
      ちょっと、違うんじゃないかという気がします。
      (卒業生)

    • 直して矢野顕子さんに出前コンサートやってほしいな。BSでやってた矢野さんのスタインウェイを辿る旅、良かったし話題にもなりましたしね。歴史のある楽器は大切にしないと。
      (京都市民)
    • 子どもの頃、母からよくスタインウェイのピアノを演奏したいと素晴らしい楽器へのあこがれを聞かされたのを思い出しました。音楽室からはすばらしい音色が響いていたのでしょうね。状態はかなりの年数とはいえ写真をみているととても胸が痛いです。
      (他府県在住)
    • 何とか修復出来ないのでしょうか?
      (他府県在住)
    • 文化祭のバンド演奏で使わせてもらいました。卒アルにも載ってて、非常に貴重な思い出の品のひとつです。
      (卒業生)
    • スタインウェイに限らず、楽器がその状態であるのをみたら私も悲しくて直視出来ないかも知れません…
      。*゜(PД`q゜)゜*。
      楽器は私たちと一緒で生き物ですものね…。
      幸せな形で修復されることを祈っております(>人<)
      (他府県在住)
    • 京都の古い公立学校のピアノはスタインウェイが多いですが、音楽にかける予算がないので、ここまでひどくなくともほったらかしが現状ですよ。楽器全般にも言えます。本格的に修理となると、後援会等を動かして寄付を募るしかありません。
      (京都市民)
    • ピアノ調律師です。
      修理はおそらくお金や技術よりも、この年代の交換部品や塗料が今の物で代用できるかどうかの問題かと思います。
      本当の名器は、どれだけ廃れても元に持っている音は良いはずです。
      ただし、ドイツの気候とは違うので保存状態が悪ければ悪いほど修理不可能の可能性が高いです。
      近所なので状態だけでも見たいところですが、今後どのような話になるのでしょうか?
      希少価値があると思うので、母校の調律師育成学校で引き取れないか聞いてみましょうか?
      (京都市民)
    • 私自身、実家にあったアメリカ製のピアノが修理不可能になり、泣く泣く手放した辛い経験により、こんな思いを他の人にも味わってほしくなくて調律師になりました。ピアノはただの楽器ではなく財産だと思っていますので、どうか良い結論が出ますよう祈っています。私は紫野高校の卒業生ですが、鴨沂高校の方が実家から近く、友人もいたので何度か遊びに行かせていただきました。
      趣のある木造の優しい校舎が印象的でした。何かお手伝いできることがあれば幸いです。
      (京都市民)
    • 卒業生です。知り合いより、マスコミにどなたか繋がりがあれば、マスコミを通じて寄付を募るのが一番とのアドバイスを受けました。自分自身が動けず他人任せで申し訳ないですが、同窓生を中心として、広く寄付を募れたら良いのにと考えます。
      (卒業生)
    • 今年息子が入学しました。この講堂最後の入学式だそうです。講堂の外側にひっそりとこのピアノが置かれているのに気がつきました。貴重なピアノ名ので、https://www.facebook.com/steinwaysalontokyoに相談したら、お店の宣伝にもなるので、何とかして貰えるかも。 スタインウェイの専門業者は、結構多いので、声をかけてみてはいかがでしょうか?新島八重やヘレンケラーも聴いたピアノで、日本最古級のピアノと聞けば、修復したい業者は多いと思いますが…
      (在校生保護者)