かっこいいやんな鴨沂シリーズ/33

校舎見学会で、鍵がかけられていた定時制職員室を開けてもらった。

ここは戦前、女学校時代に宮様が通われていた時、また高貴な方をお招きした際の貴賓室があった場所。

そう聞いたのも、それを知ったのもこの、校舎について色々と調べるようになってからの事。在校中は、そんなものの存在すら知らなかったし、また誰からも教えてもらう事も無かった。しかも、ここは定時制の先生の職員室になっていたから、日中は開いてさえいなかった。

卒業して20年以上ぶりに校舎を訪れて、初めて訪れたこの部屋には、先生達の机やら事務用品やらでごっちゃごちゃになっていて、この部屋の壁向こう、宮様のおつきの方の控えの間であった頃の暖炉がわずかに見れるだけだった。

仮校舎へ引っ越しを済ませ、荷物が全て取り払われて初めて目にした大理石の暖炉跡。この周辺の壁は、残念ながら当時のものは取り払われたのだろう。合板が張り巡らされていた。

そう言えば、久しぶりに出会った先生が、この校舎を指して、「校舎が無くなると聞いて、卒業生がわんさか訪れるけど、そんなものはほとんど、ノスタルジーでしかない。僕ら教師にとってここはどれだけ過酷な職場だったか」と言われた。

確かに。そうだっただろうと思う。

けれども、この暖炉が例え実際には今や使えない代物であっても、これがどれだけ貴重なものであるか。すっかり埋もれてしまって高貴な空間とはかけ離れた状態を見た時、また、隣の部屋に残る当時のままの意匠を凝らした木製の壁面に対して、容赦なく無造作に何かをひっかける為の釘が幾本も打たれていたのを見て、私はなんとなく、寂しい気持ちにもなった。

そこであまりにも長く居て、それが当たり前の、打ち捨てられたような時間が経過すると、見えなくなるものも、あるのかもしれないんじゃないかって。

好き勝手、言いやがって。と、言われるかもしれないけれど。

あんまりにも、この姿が美しかったので。

とにかく少なくとも、この暖炉が美しい、惜しいと思うのは、ノスタルジーなんかじゃ無い。何故なら言ったように、私にとって、この暖炉は今にして初めて、見るものだから。