1975年。演劇コンクールパンフ表紙。

「実は結構佳作が多い。鴨沂発・冊子もの表紙。」

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こちら、1975年に発行された、演劇コンクールの際のパンフレット表紙。

鴨沂の講堂舞台に立った人は即、この絵を見て「あ!鴨沂の講堂!」と分かるでしょう。結構簡略化して描かれていますが、あの場の雰囲気が、とてもよく描かれているように思います。

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これまで資料集めをしている中で、時々表紙や挿絵で「お!」と惹かれるイラストがあります。それらは鴨沂の名物クラブ「商業美術部」の部員が描かれたものが多いです。

その昔「おたく」という言葉はありませんでしたが、80年代にはおおよそアニメのセル画が、文化祭の部活展示に並んでいましたので、今や世界規模ブームの、言わば先駆的クラブだったんだな、と、「商美」について思い出します。

が、正式名からすればアニメに特化していた訳でなく、グラフィック全般を指したのでしょうから、これまでの鴨沂の広報冊子等で、彼等の活躍する場はたくさんあった、という事でしょう。

京都府立鴨沂高等学校_4443

文化祭や体育祭などの行事では、学内で様々な賞も設けられていて、また役目も幅広くあったために、運動得意、目立つの得意、力仕事はまかせろ、頭脳で勝負、美的センスは負けません・・・みたいなそれぞれの個性を生かせるイベントが盛りだくさんでした。それぞれあっちこっちと別の方角を向いてても、いつしかまとまらざるをえないというのが、鴨沂の特性だったかもしれません。もちろん、そんな輪に混じる事も無く、しれっと一匹狼していた人も居たけれど、何せ色んな人間が居る、というのが大前提だから、強制感も無く、居心地の悪い学校では無かったように思い出されます。

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ああしかしなんか良いイラスト

これからもまた何か掘り出しシリーズ。続けてみようと思います。