「仰げば尊し」。あるクラスの記憶。

1978年卒業生における、ある1クラスの「仰げば尊し」パレードに至るまでの記憶と共に、その意義や思い、そこで得たかけがえのない仲間との日々を書き記して頂きました。そこには、難解なイデオロギーやその存在の重さ、伝統行事としての堅苦しさを感じない、鴨沂高校生の等身大の思いや、そのリアルな姿が浮かびます。ーーー

他の学校にもそれぞれ伝統行事があるのだろうし、何も「仰げば」だけが特別なものだとは思わない。たまたま入った高校にそういう変なイベントがあって、たまたま巡りあったクラスメイトたちと一緒にそれを体験したというだけの話。

どうしてもやらなきゃいけないとは思わなかったし、後代に引き継がなければ、とも考えなかった。みんなで思い出を作ろう!なんて意気込んだわけでもない。「この村に生まれたんだから、まあ村祭りには参加しとくか・・・」ちょうどそんな感じで、高校生の僕は「仰げば」に向き合っていた。

クラスメイトのほとんどは、それと同じような気持ちだったと思う。

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当時はリベラルな考えを持つ人々が生徒自治会の役員を占め、それに対立する人々との間で論争が繰り広げられていた。ノンポリの僕はそんなことまったく無関心で、授業をサボっては雀荘や喫茶店やライブハウスに入り浸り。生徒部教師が言うところの「“自由”を履き違えた」高校生活を満喫していたのだった。

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クラスの仰げば実行委員を決める際、自ら名乗り出る声はなく、ヒマ人と見られていた僕が実行委員長に推薦された。こうなりゃ、まあ仕方がない。どうせなら楽しくやりましょうよと、軽いノリで引き受けた。

とは言うものの、僕自身はこれまでから「仰げば」になんてあまり関心がなく、先輩たちがどういうふうにやって来られたのかもちゃんと見てなかった。行事の全体像がうまくつかめない。さて、困ったときは人頼みだ。設計、制作、衣装、アピール、会計など、それぞれの部門に責任者を置いて仕事を任せ、自分はその間に入って連絡調整みたいなことをやってればいいと考えた。リーダーシップのカケラもない委員長。各部門の責任者も、「まあ、しゃーないなぁ」という感じで引き受けてくれて、なんとか実行体制は整った。

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ところが、いざ企画会議を始めてみると、いろんな意見が出るわ出るわ。誰かがアイデアを出すと、「それならもっとこういうふうにしよう」「いや、こっちのほうがいい」「俺はここの部分を作るよ」「だったら私はこれをやるわ」ってな具合で、トントン拍子で話が進んだ。なんや、みんなけっこうやる気あるやんか。

企画会議を何度も重ね、各部門からの意見を調整したり、予算の配分をやりくりしたりと、けっこうハードな毎日だった。話し合いを通じて、これまで表に出てこなかったみんなの個性が見えてきた。それぞれが自分の得意な分野で仕事を分かち合った。予算経理では商業科のすごさを知らされた。まだ山車の制作にも取り掛からないうちから、打ち上げコンパの日程まで整った。

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山車や衣装の制作は順調に進み、これまで無関心だった人々も、やがてその輪に加わってきた。休日もみんな集まって山車の制作。お昼は持ち寄りの弁当でお食事会。担任の湯山先生もときどき覗きに来られたが、不要な口出しはせず、激励のお言葉やありがたい差し入れを下さった。ほんとに楽しい毎日だった。

こうして山車も衣装も、すばらしいものが出来上がった。そしてクラスメイトの仲は、これまでになく親密なものとなっていった。

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僕たちのクラスのテーマは「鴨沂の自由」。「自由だ自由だなんて言いながら、実はそうでもないじゃないか」というアピールで、情けない顔をした自由の女神を制作することになった。衣装は当時流行っていたピンクレディー風。男子の衣装は丈が短くてローマ時代の戦士みたいだが、女子のほうはやや露出度が低く、激しく動いてもはだけたりしないよう、それなりに工夫されている。

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自由の女神のキャラクターを考案したHくんは美術系の大学を出てNT堂に就職し、今や著名なゲームクリエイターとなった。骨組みを設計したNくんは工学系の大学を出て、医療器械メーカーの技術者に。衣装をデザインしたNさんは、服飾デザイナーを経てスタイリストの学校の先生になった。運行隊長のKくんは、今も京都中のいろんな神社で神輿を担いでいる。みんな高校生の頃から、それぞれが持つ才能の片鱗を見せていたんやね。現在、こうした人々がもう一度集まって「仰げば」の再現に取り組めば、そりゃもの凄いものが出来上がるだろう。

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そもそも、いろんな人材が寄り集まっているというのが、鴨沂高校のすばらしいところだと思う。演劇コンクールも同じだけど、幅広い人種が集まってこそ、各個人がそれぞれの持ち前を発揮できるし、そこには思いもよらぬ大きな成果が集積されるのだ。

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僕自身は「仰げばはお祭り!」と認識していて、本来の目的である「市民へのアピール」ということにはあまり関心がなかった。演説の内容は担当のWくんに「好きなようにやっとれ」と任せっきり、プラカードも各人がそれぞれ好きなことを書いた。そのため、「鴨沂の自由」というテーマから逸脱したプラカードも多く、中には「カーテンつけろ」なんて、ささやかな要求を掲げる者もいる。

まったく統一感が見られないアピール活動ではあるが、僕自身としては、これでよかったんじゃないかと思っている。各人がそれぞれ自分のスタイルでイベントに参加すればよいし、みんなを無理に統率しようとしたり一致団結を求めたりするのは、何だかイヤな感じ。表面的にはバラバラでも、心の中にある何か大切な部分を少しでも共有し合うことができれば、それで十分ではないか。弁解じみた話だが、そういうふうに思うのだ。

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巡行当日。運行隊長のKくんは、何ともガラの悪いサングラスを掛け、両側に美女を従えて上機嫌だ。みんな楽しそうな笑顔を見せている。女子の衣装は、履物から髪飾りまでコーディネートされ、なかなか素敵だ。個人的な好みを言えば、もう少しミニ丈だったらいいのにと思ったりもする。

のちには車輪付きの山車に変更されたと聞くが、僕らの頃は山車と言っても車輪がなく、神輿のようなものをみんなで担いでいた。これで長い道程を歩くのだから、担ぎ手の男子はけっこう大変だった。軟弱者の僕は、途中から担ぎ役を離脱し、ホイッスルを吹いて指揮をとっている。ここでようやくリーダーらしい役回りだ。(笑)

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 終着地点の北運動場。Wくんの演説が響く中、最後の力を振り絞って山車は全速力で駆け回る。このときのことは、まったく覚えていない。テンションが上がり過ぎて頭の中が真っ白になっていたのだろう。ずっと大きな声を出し続け、喉がカラカラだった。

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すべてが終わったあと、クラスメイトとどういう会話を交わしたのかも、まったく記憶にない。たぶん「あ~、疲れたなぁ」とか、そんなところだろう。実際のところ、多くの会話は必要なかったのだと思う。僕たちの間には、言葉では表せない不思議な連帯感が生まれていた。それは惑星間物質のように薄く広がり、個々それぞれの意識を持つ僕たちを柔らかく包み込んでいった。

それは神社の祭事のように伝統的な精神世界に属するものではないし、デモ活動のような共闘意識とも異なる。強いて言えば、音楽ライブのアンコール時に味わう会場一体感に近いもの。しかも、それは舞台から客席へ向かって投げられたものでなく、自分たちですべて作り上げてきたものだ。「団結」や「集団行動」を嫌う僕にしても、この心地よい連帯感は生涯忘れることのできないものとして、胸の奥深くに仕舞い込まれている。

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学園祭が終わったあとも僕たちのクラスは盛り上がりを持続し、コンパを2回開催した。みんなで卒業文集も作った。そこに僕が記した「仰げば回想録」から、最後の一文を引用しておこう。

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高校生活での最大の収穫は、やはり数々の仲間にめぐりあえたということです。

 「友情」などと堅苦しいことを意識せず、単に「仲間」として多くの人々とつながりを持てたことをうれしく思います。みんな個性豊かな人たちばかりで、それぞれの将来については非常に興味を感じます。

今後も「高校時代の友人」ではなく、「高校時代からの友人」として、いつまでも仲間でありたいものです。

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僕たちは今も数年に一度は同窓会で顔を合わせ、懐かしい思い出を語り合っている。また、そのうちの何人かとはFacebookの「友達」として、日常的に会話を交わしている。同級生の中には、先に紹介したほか、交響楽団のバイオリン奏者もいるし、東大を卒業して何だか難しい数学の研究をしている人もいる。銀行員もいるし、幼稚園の先生もいる。普通のサラリーマンや専業主婦もいる。

みんなそれぞれ別々の道を歩み、人生半ばをとっくに越えた。もうジイちゃんバアちゃんになった人もいる。懐古癖の強い僕はよくノスタルジーの世界に逃げ込むが、そんなときまず母校の風景が脳裏に広がり、仲間たちの笑顔がありありと浮かんでくる。成長過程の大切な時期を過ごし、現在の自分が作られてきた原風景みたいな場所。「思い出」と呼ぶには鮮明すぎる記憶の数々を、ずっと大切にしていきたいと思う。

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第30期(1978年)卒業生  3年8組  徳田 寿

↓当時の文集より、「仰げば尊し」パレードまでの制作日記。

 

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