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関西建築保存サミット|滋賀県近江八幡

<関西建築保存サミット@滋賀県近江八幡でまた今日も学んだ事>

本日は第二回目の関西建築保存サミットへ。
滋賀県近江八幡に多く残るヴォーリズ建築を会場に、普段未公開の建造物の見学会に、様々な事例報告、また、大阪弁護士会公害対策都市環境保全部会による法令に基づいた保存活動の在り方など、台風吹き荒む中ですが、大変有意義な一日となりました。

弁護士会による説明には、議題に大阪中央郵便局と豊郷小学校についてが主な例として挙げられました。「建築としての客観的価値」と「思いのある人の主観的価値」が大いに議論されるのが保存活動の主軸。この場合、訴訟問題まで発展した二つの事例には、専門家による建造物の文化財的価値を求める裁判であった大阪中央郵便局(原告の訴え棄却)と、卒業生などを主軸とした市民団体による地方公共団体への公金支出止し留め(簡単に言えば校舎解体及び建て替えによる税金の無駄使い)を争点とした豊郷小学校(原告勝訴)の場合の特徴が説明されました。

ともあれ、いずれの場合にも、相手方は所有者に向けられたもの。
そこで、現行の法令では、まだまだ、所有者に有利な状態であるという事が問題視されていました。

確かに、鴨沂高校校舎にもこれは言い当てられます。つまり、所有者が京都府である以上、例えば文化財指定を受ける、受けないの意向も、京都府側が握っており、その中でも内部空間が自由に触れる、また、建造物の一部でも文化財指定が受けられるという大変緩やかな保存活用の道である国指定登録有形文化財も(必要な条件はクリアしているだろうにも係らず)受けないのは、これは、大きなメリットである、一般のより多くの人間にも貴重なものであると認識させる事の出来る勲章も、その勲章を受けたばっかりに、解体したい度に、反対される可能性が更に高くなるであろう、というデメリットを考慮したものであろう、と思いました。

面白い著作を例にも取りあげられました。「『レンブラント』の絵でダーツ遊びとは~文化的遺産と公の権利/ジョゼフ・L・サックス著」という本です。これは、名画の所有者が、例え所有者だからと言ってその絵画を破壊したり、遊び道具にしたりするのは、それは許される事か、という、実際の事例に照らし合わせて疑問を投げかける内容です。つまり、この絵画を建造物に当てはめれば、現行法令と、倫理観など、保存にまつわる周辺状況が読み取れる、というもの。

建造物は、果たして、所有者にのみ行く先が決められていいのでしょうか。
建造物は、例えばそれが建てられた以上、周辺住民にも、市民にも、それ自体が景観となり、環境となります。よって、これが公共施設の場合には、そこで過ごす教員や生徒、または卒業生だけに行く末をあれこれ主張される権利は無く、広く言えば、自分の子供も、または孫も将来過ごすかもしれない建物ともなり得る訳ですから、主張する権利は存在する筈です。

ヴォーリズ建築の保存再生をされている建築家の方により、ヴォーリズによる一説が紹介されていました。「建物は人を感化する。特にそこで過ごす子供達には情操教育を与える。よって学校建築には、細心の注意が必要である」。

現存鴨沂校舎が建てられた当初の設計図を見ました。今では考えられない手描きの柔らかい線でかかれた設計図。今更表現ではありますが、アナログならではのあたたかさを感じ、設計者の思いがより、伝わるような気持ちになりました。使用されている建材も、また手法も、現代のそれとは違って人の手が直接加わったものが多く、これらはきっと、そこで過ごす者へと静かな影響を与えているに違い無いと思います。

いずれにせよ、心あたたかで、本当の意味で子供達の事を考えて、校舎が造られる事を願ってやみません。そして、これは主観ではありますが、これら、人のあたたかな手が加わった現行校舎が、今後も出来る限り、大切に活かされる事を願ってやみません。

知りたい!「フレックス学園」計画、「紫野グランド」に建設される理由

<だから何故、フレックス学園は鴨沂高校専用グランドである「紫野グランド」に建設されなければならないのか>

前回、そして今回の「かもがわ会」の議題にも挙った「フレックス学園」計画の件。

「京都市内には、複数の統廃合によって廃校となったままの校舎及び校地の残るというのに、何故府教委はそれら跡地にフレックス学園を作ろうとしなかったんだろう」という疑問。勿論、この問題で昨年より活動されている保護者有志の方々は何度も、「何故、フレックス学園を紫野グランドに作らなければならないのか」という質問を投げかけてこられたのですが、それに対する回答は府教委も、校長も回答をせず、今に至ります。当方らも似た事を尋ねた事がありますが、(小学校跡地等使えないのですか?市内にたくさんあるのに、との問いに対し)「高校と小学校では、必要面積が違うのです」とは府教委管理課の答え。果たして、フレックス学園は、これから建設される筈ですから、既存の部活動も勿論無く、以前別の質問方向で、「体育授業も学校側が方針や内容を決めますので、グランド面積の規定は特に無いのです。」と同じく管理課の方の弁を取ってみれば、では、少なくともこれから建設されるフレックス学園の面積は、その教育計画の内容で、いかんとも変更対応出来るのでは無いでしょうか?

と、言う訳で、ここでは「京都市による統廃合学校跡地活用」についてのリンクを資料に、京都府と京都市の、いかに行政間の取り組みに矛盾と歪みがあるかについて、皆さんで一度お考え頂ければ幸いです。

以下リンクにはいくつかの項目があって、市内地図には廃校のまま、跡地利用が未解決の所がたくさんあるのが確認出来ると思います。

分かる事①京都市側としては、学校跡地活用の推進を積極的に行っている。

分かる事②京都府側は、市内にこのような空き地があるにも係らず、わざわざ、現在も使用している鴨沂高校専用グランドを奪って新設フレックス学園を建設しようとしている。

分かる事③ちなみに市内の学校跡地は更地になっている訳では無く、つまり校舎建造物も利用出来るため、仮にこれら市内に点在する学校跡地を活用すべくフレックス学園にすれば、耐震化を計るべく改修する事で、ゼロから作る建設費を大幅に削減出来る。

分かる事④京都府と京都市の行政間のやりとりがスムーズでないのは透けて見えますが、仮にも我々京都市民は京都府民でもあり、同じ行政下に暮らすものですので、そもそもそれらの違いがよく理解出来ない。というよりも、これでは全く理解されないのではないか。

と言う事で、100歩譲って「鴨沂高校の長年に渡る遠隔地グランド利用の不便を考え、校舎内の北運動場を更地化して鴨沂のグランドとします」という府教委や藤井校長の論理をもってしても、「だから何故、紫野グランドで現行で体育や部活動をしている所を奪ってまで、フレックス学園をつくらなければならないのか」という理由説明には至っていない、という事を、やはり今一度、みなさんと共通認識を持って、伝えていかなければならないと考えます。以下京都市教育委員会リンク↓

http://www.city.kyoto.lg.jp/sogo/page/0000025959.html

第二回意見聴取会議の報告

全面解体の不合理がいよいよ明らかになって、渋々ながらもプロポーザル条件に、
校舎「解体」の文字表現を削除せざるを得なくなってきた件

これまで致命的数値が掲げられ、大地震が起きたら倒壊する、とヒステリックなまでに「子供達や教職員の安心・安全を考え」「地域の防災拠点となるべく」、文化や歴史を語る校舎をやむなく「全面解体」します・・・という設定。これらについて覆される事実が、耐震診断の検証により明らかとなってまいりました。

今回の聴取会議では、日本建築学会より「現在も検証中だが、どうやらこれまで言われていたIs値0.16という数字が出たのは、南側教室棟の1階、しかも南東の柱2本分が脆弱で、これを取り除き補強することで、耐震性は飛躍的にあがるだろう」という発言が成された。

聴取会議ではこの言葉に続き、古い建造物を保存活用する、という事の昨今の常識性を説かれると、聴取会議の方向性が大きく変わり出し、声高に叫ぶ鴨沂・藤井校長の「私はあくまでも、全面解体を主張します」という言葉にはいまや根拠が見出せず、グランドの件や子供達の事を第一にお考えである、という演技力にはもはや信憑性も感じられず、その空気感は、恐らく傍聴におられた一般の方や取材に来られていたマスコミ関係者にも、その姿を晒されたのでは、という雰囲気となった。

そして、「校舎模型を作って展示する、というのも保存の考え方ではないでしょうか」と、校舎模型のプリントをかざして皆に見せる上野同窓会長の言葉にも、京大・門内教授の制止にあい、「それはあくまでも記録として・・・たしかに記録要素としては大事かもしれませんが、実際のものをどれだけ残すかという事について考えていかないと」と述べられ、プリントをかざす手は机に置かれた。

いよいよ、これからは根こそぎに耐震診断の検証を、洗いざらいでして頂く事となりそうです。

先日からお話をしている、構造研究の大先生から、こんなお話を聞きました。

「鴨沂高校の御所側という立地や、当時天皇家がおられた、という学校の背景から考え、しかもいよいよ日本が戦争を始めるぞ、という機会に新築されている事を考えると、あの校舎は言わば要塞であり、天皇家を守るために最新の強固な建造物として建てられたものである。京都大学の近衛周辺の石垣は例えば、帝国大学時代に天皇家をお守りするという使命があり、非常に強固かつ特殊なもので組まれているが、その石垣と同じものが、鴨沂高校の塀にも使われている。この建造物は、爆撃や火災からも守られるような造りであり、また、プール棟が西北側に独立棟としてあるのは、単なるプールでは無く、当時、御所を守るための消火設備も兼ねていると予想される。

地域の防災拠点?そんな事は現代のお役所が適当な事を言っているに過ぎない。そもそも、これほどの防災拠点として設計されている建造物はそう無いだろう。であるにもかかわらず、これらを全て解体するとは本末転倒である。いよいよ戦争が始まるという頃の日本は、全国各都道府県に少なくとも一つは、有事の際の避難場所であり軍司令が機能出来うるような拠点となるべく学校が建設された。それらは非常に強固な造りであるのが共通している。よって、この学校校舎を車で例えるならば、そんじょそこらの庶民の車じゃない。ロールスロイスクラスの建造物ですよ。」と。

いやはや。この先生のお話。当方一人で聞いているのはあまりにもったいない話です。ので、必ずや鴨沂高校校舎のシンポジウムの開催を実現すべく、多くの皆さんの関心を高めるべく、今後も努力重ねなければと思わされる次第です。

鴨沂グランドについては、今だスルーされようとしている件

今回聴取会議にて提出された府教委資料の、プロポーザルに向けての素案からは、解体推進派と反対派の合意点を見出すために、京大教授の門内委員長より「いったんは全ての解体の表現を消すべき」との言葉により、再度保存活用のノウハウをもつ業者選定も条件に入れる事など、素案の方向性がまとめられた形にて聴取会議は終了。

が素案には、しっかりと「北敷地をグラウンドとして整備し、屋内運動場と併せて敷地内での体育部活動スペースを確保」と記載されており、項目には「充実した体育施設」と掲げられいる。

会議では当方側から、この件についての不具合は生じていないのかという趣旨質問を行った所、会議では以下の返答。

「これまで鴨沂生は遠隔地グランドを使い、移動時間もかけて、2コマの体育授業時間を設けて行ってきた不具合を考慮し、北敷地をグランド化する事とした。グランド問題と校舎の問題は別問題ととらえている。今後は外部グランドを借りることは無い。部活動について要望があれば検討する」とは教育庁管理部の岩城課長、及び名和施設整備担当課長の弁。

これに加えて、教育委員会から今年度より赴任した藤井直校長は、「現在仮校舎に移転しましたが、当初は外部グランドや近隣大学のグランドを借りて体育授業を行う事を検討して来たが、仮校舎の敷地内にて体育や部活動が充分に行える事が分かった。体育指導の教員も、これで充分に足りていると聞いている。遠隔地グランドをこれまで使ってきた鴨沂生は、今、校内にてそれらが出来ている。実際に校内に聞こえる子供達の体育や部活動の声は、校内に活気を与えて良い」と、情感たっぷりに、いかに現在の鴨沂生が幸福な時間を過ごしているかを説いた。

この問題について何も分からない外部有識者や傍聴席、マスコミ向けのパフォーマンスとしては上々のプレゼンだったのかもしれない。

これらの発言について、事実に基づいた反論内容は、FBページ「鴨沂高校の図書館」より、フィードアップされているので参照頂く事として、要約すると、鴨沂生は、この発言には、全くの偽造論という事になる。

少なくとも、体育授業も、部活動も、仮校舎に至っても、また今後の鴨沂高校グランドとなる北敷地でも、充分な体育授業及び部活動環境とは、ならないのである。

そして、今もって全く履行も返答も改善も成されては無い、つまり、なんら約束が果たされていない事実として、2012年末に提出された教員有志及び保護者、在校生らから提出された、予測される仮校舎移転における不具合の改善、紫野グランドのフレックス学園建設にあたりグランドを喪失する鴨沂生に対して、紫野グランドと同等の代替えグランドを確保される事を求める要望に対して、完全に、無視を決め込んだ、という事となる発言内容である。

・・・と、言う事も前もって想定して、聴取会議当日には、グランド問題に寄せた公式サイト内の取材記事及びこれまで寄せられたみなさんからのメッセージ(匿名)を全てコピーして、会議出席者には資料として配布しておいた。

どうぞ、本会議に出席された外部有識者やマスコミ関係者、並びに紫野グランドのフレックス学園建設計画を昨年2月には知っていながらも同窓生である鴨沂生の為になんら働きかけを起こさなかった同窓会理事会にも届くよう、とりあえずは祈るばかりである。ちなみに、鴨沂高校に赴任したばかりの藤井校長あてに、校長室まで詰めかけてグランド代替えの確保を訴えた鴨沂高校野球部の保護者らに向けて、「この夏までには必ず、責任を持って代替えグランドを提示します。」「伝統ある鴨沂高校野球部を潰すわけがないじゃないですか。」と、情感たっぷりに藤井校長は述べたそうである。

この言葉を聞いて、ほろりとさせられてしまった在校生、保護者の方には、今だ何ら代替え案の提示も成されず、もうすでに秋。不誠実な言葉で煙にまくには、あまりにも、な問題である。

聴取会議の冒頭は、個人攻撃からスタートした件

第二回意見聴取会議は、委員である鴨沂同窓会長による指名により、京都大学の門内教授が委員長となって席を移る、というところで始まった。「今回の会議趣旨は、3つの議題に基づき議論します。1つ目は、『多様なニーズに応える教育活動を実現する新しい施設』それから2つ目には、『歴史的・文化的価値の継承』、そして最後の3つ目には『環境・災害対応、安心・安全な教育環境。これらテーマに分けて、それぞれに議論する事と致します。では、ご意見のある方は挙手をどうぞ」と、門内委員長。

そこで、藤井校長が真っ先に手を挙げた。

「前回の聴取会議では、保護者の方(PTA会長)からもご意見がありましたように、現在、鴨沂生は大変な不安感を抱えて、毎日を過ごして居ります。自分達が何か、悪い事をしたの?自分達が悪いの?と、連日の報道に、不安を煽られているようです。そこに居る谷口(当方の事です)さんですが、私に許可も取らずに校舎に勝手にテレビ局を招き入れ、また、勝手に講堂で音楽イベントを行い、訳の分からない者たちがたくさん学校にやって来て、また、引っ越し作業のどさくさにまぎれて、講堂でギターを弾いて、その動画をYouTubeに流すなどしております。このような状況にあって、我々は子供達を守る使命があります。今後も子供達の安心・安全が確保される学校づくりを行う必要があります」。

当方からは訂正として、「まず、テレビ局取材の件ですが、若干の見解の相違があって、許可が取られなかったとは聞いて居りますが、その後、テレビ局からは企画書も申し入れも行われ、またそれらには校長からも許可を出された筈ですし、私の方も、直接、その経緯説明を校長と鴨沂高校校長室にて話し合いを行い、ご理解頂いた筈です。

また、音楽イベントについては、在校生軽音部と卒業生による合同練習という趣旨にて、鴨沂講堂にて演奏を行う、また、卒業生の見学も可能というは、鴨沂軽音顧問から了承をとったとの話を主催者から伺って居ります。加えて、講堂での演奏の映像については、勝手に校内に入った訳でなく、当日おられた先生方に許可をとって鍵を開けてもらったと聞いて居ります」と、発言を返した。

一体、議題と何の関係があるのだろう。そう思えて仕方が無かったが、この校長の発言は、議題から外れている事で委員長には無視される形となった。続いて鴨沂同窓会上野会長が挙手。「君は知っているのか。今の子供達は、大きな大きな荷物を背負わされているんだよ。それが何か分かるのか。福島の原発問題を知っているか。あの事故は、廃炉に40年もかかる大きな問題なんですよ。これからの子供達は、世界に通用する学力を育まなければならない。君はそれを理解しているのか」。こんな冒頭のやり取りから始まった。

確かに、足下をすくわれたような心地がした。何故なら、論点に全くの予想をしていなかったから。
「原発の問題は、勿論当方も理解しております。いや、当方としても、もう、生まれた事には原発は稼働しておりましたし、今回の福島の件については、大いなる問題ととらえております。色々と思う所は勿論あります、が、今回の校舎の件とは、直接的な関連性は見出せないかと・・・」こう、答えるのがやっとだった。いや、そんな事を比喩として持ち出すなど、あまりにも、むしろ多大な被害をうけられた方々への冒涜に思えてならないから。

会場全体の空気が、なんとも言えない雰囲気になった。怠惰、というか。これら発言は、まるで無かったことのように、門内委員長は議題に進んだ。まず。冷静に意見する事とする。

ひとつに、当方のような、彼らにとっての反対論者には、切羽詰まるとこうした個人攻撃により、いかにこの者が信用のならない者か、無責任な者か、という事を公に向けてあげつらう戦法に出られたな、という観がある。先のお二方の発言内容は、別段、この会議の場で挙げ連ねる必要は無い筈だ。校長の発言内容は、一体、事実関係を問いただしたいならば直接当方ら関係者に聞けばいいのだし、また、本来は事実関係を把握していながら、わざわざ疑惑要素を他者に植え付けるために成された観がある。

そして。同窓会長の原発問題発言。
まず、当方は70年初頭生まれであるため、生まれた頃にはもう既に日本では原子力発電所は稼働していた。いや、日本で最初に東海村で原子力発電が成された1963年には、恐らくはこれを発言された上野会長には少なからず選挙権があった筈では無いだろうか。

我々世代は既に、今の子供達だけの話では無い、日本に生まれて以降ずっと、大きな荷物を背負わされていたと言える筈で、少なくとも、このような言われを、60年代には選挙権を得ていた現代の大人達には揶揄されたくは無い。が、そのような論点でもって、これまで我々世代はその上の世代を揶揄した事などこれまで無い。

むしろ、私個人に至っては、子供の頃から原子力がいかに恐ろしいかを親に嫌ほど教えられ、鴨沂高校での平和教育でもまた、重ねて考えさせられて育った。が、その後、バブル経済に浮かれる日本の夢の中頃に、再生ウラン燃料を原子炉で使用する事が国会で可決されていた事を、そのまま知らずに、今回の福島の事故において、各炉の中にMOX燃料による原子炉が含まれている事を新聞で知って、己のこれまでの無関心に心から情けなく思った次第である。

ともあれ、原発問題にはそれぞれのイデオロギーがあるだろう。が、このような発言で、しかしながら、まるでその荷物を背負わせたのは自分達では無いけれど、子供達には哀れに思うので大いなる教育を与えるべきだ、という風にしか聞こえない発言には、断固、異議を唱えたく思う。いや、この問題については、この場でだからそもそも、話し合うべき議題なのか。

むしろ、「大人達がこれから、いかなる歴史文化を子供達に残すべくを考えよう」という発言が、そんな大人達から出ない事を残念に思う。いや。そう、当方が切り返せば良かった。が、低次元の水かけ論の中に、このような、「本当に言いたい事」を盛り込む無駄についてしばし考え込んでしまった。ともあれ。

今回の聴取会議における「府立鴨沂高等学校校舎改築工事基本・実施設計業務委託に係る意見聴取会議委員のメンバーをここで今一度ご紹介する事とする。

<外部委員>
京都大学大学院工学研究科教授 門内輝行(第二回目聴取会議にて委員長に指名)
京都府立大学環境デザイン学科准教授 鈴木健二
鴨沂高校同窓会会長 上野民夫

<内部委員>
教育庁管理部部長 小橋秀生
鴨沂高等学校校長 藤井直
建設交通部営繕課長 村松徹也

「意見聴取会議設置要領」には、その会議目的と共に、委員について書かれた項目がある。まず「委員の任期は、府立鴨沂高等学校校舎等改築工事基本・実施設計業務の委託契約が集結されるまでの期間とする」とある。続いて、委員の責務として、「委員は、公正かつ公平に意見を述べなければならい。」とある。

公正かつ公平な意見が述べられたのか。少なからず第二回目聴取会議において、藤井校長並びに上野会長は、その趣旨からは大きく脱線し、己の主張を述べ、公正かつ公平な立場を貫かれたとは到底言えない様相であったと思う。いや、そもそも、「校舎全面解体を望む」立場からの要望書を提出した同窓会長自体を、この会議の委員に選ぶとは、一体、府教委の意図がまた透けて見えるというものである。が。彼らは一体知っているのだろうか。

委員の責務の欄にはまた、「委員は、直接間接を問わず委託業務に係る応募者の企画提案に参画してはならない」とされている事を。そしてこれもまた矛盾に満ちているが、再び抜け道が存在する。

設計者選考委員会の設置要領(つまり解釈としてはプロポーザルの審査委員)の中には、委員として、教育庁管理部長、教育庁指導部理事、建設交通部営繕課長の中に、メンバーとして、再び鴨沂高等学校長が、名前を連ねている。

果たして。これこそ公正かつ公平と、言えるのだろうか。
このようなメンバーにて今後開始されるであろうプロポーザルによる業者選定。確かに聴取会議では、校舎の在り方について、一定の活動成果は見られたと思う。が、例えばグランドの件ではもう、1年以上も嘘を重ねて時間を先延ばしを行うような彼らの決め事には、全く安堵の心地にはなれない、という状況であるのも確かである。

※各種関連資料を公式サイトにPDF化してアップしております。今回の聴取会議には、当方らの提出資料として、関連資料DLページより、耐震補強工法セスレット工法について、建築家・山崎泰孝氏による要望書、第二回意見聴取会議に提出した提言内容を。また、公式サイトに新たにアップしました、これまでのみなさまからのコメント集、グランド問題の記事、また山崎泰孝さんのインタビュー記事を提出致しました。)

第二回目かもがわ会。開催場所と時間のお知らせ

<第二回目かもがわ会。開催場所と時間のお知らせ>

主催/京都の近代建築を考える会

この度の聴取会議の詳しい報告&座談会に加え、先日フィードでインタビュー記事を掲載致しました、鴨沂卒の建築家・山崎泰孝氏もお呼びしての「かもがわ会」。今回は、「京都の近代建築を考える会」の全面サポートにより、以下の場所にて開催致します。
当日は、これもまた以前ご紹介致しました、約10年前の鴨沂PTA会長で、当時「鴨沂へようこそ」という素敵な本を出版された、写真家の神谷潔氏によるスライド鑑賞が前半に。そして、建築家さんによる建築物の大変分かり易い構造のお話など、ちょっとどっさり内容となります。

明日中には、今回の聴取会議で配布された資料や、「鴨沂高校の校舎を考える会」より提出、配布しました資料のPDF化を済ませ、公式サイト側にアップする予定でおります。

ご参加可能な方はどうぞ是非、お声かけ下さいませ。

そして、平日は無理だ、週末にせめてやってよ、というご希望の方がおられましたら、こちらコメント欄もしくはメッセージ欄にお声お寄せ下さい。再度開催プランを立てさせて頂きます。

■日時
第1回 2013年9月12日(木)18:30~21:00

■場所
府庁NPOパートナーシップセンター 会議室
(京都府庁旧本館1階)

・主催/京都の近代建築を考える会
写真: <第二回目かもがわ会。開催場所と時間のお知らせ>
主催/京都の近代建築を考える会

この度の聴取会議の詳しい報告&座談会に加え、先日フィードでインタビュー記事を掲載致しました、鴨沂卒の建築家・山崎泰孝氏もお呼びしての「かもがわ会」。今回は、「京都の近代建築を考える会」の全面サポートにより、以下の場所にて開催致します。
当日は、これもまた以前ご紹介致しました、約10年前の鴨沂PTA会長で、当時「鴨沂へようこそ」という素敵な本を出版された、写真家の神谷潔氏によるスライド鑑賞が前半に。そして、建築家さんによる建築物の大変分かり易い構造のお話など、ちょっとどっさり内容となります。
明日中には、今回の聴取会議で配布された資料や、「鴨沂高校の校舎を考える会」より提出、配布しました資料のPDF化を済ませ、公式サイト側にアップする予定でおります。
ご参加可能な方はどうぞ是非、お声かけ下さいませ。
そして、平日は無理だ、週末にせめてやってよ、というご希望の方がおられましたら、こちらコメント欄もしくはメッセージ欄にお声お寄せ下さい。再度開催プランを立てさせて頂きます。

■日時
第1回 2013年9月12日(木)18:30~21:00

■場所
府庁NPOパートナーシップセンター 会議室
(京都府庁旧本館1階)

・主催/京都の近代建築を考える会

産経ニュース記事より|9月6日

9月6日付産経ニュース記事より

有識者会議開き、設計業者選定へ 
鴨沂高校改築で府教委 京都

2013.9.6 02:27

府立鴨沂(おうき)高校(京都市上京区)の整備計画をめぐり、府教委は5日、有識者を集めた会議を開き、校舎の設計を任せる業者を選定する際の条件について意見を聴取した。

日本建築学会近畿支部の中川理・京都工芸繊維大教授が、昨年改修された東京駅舎などを例示し、「耐震補強では不十分というイメージがあるが、改修には、色々なアイデアや技術があり、工夫すれば非常に頑丈な建物になる」と指摘。

会議の委員長、門内輝行・京都大院教授が、「無限にコストや時間はかけられないが、歴史的・文化的価値の継承に向けて、努力することは大事」と応じ、過去の改修事例について、同学会から情報提供を受けることを決めた。