最重要問題点」カテゴリーアーカイブ

鴨沂高校の校舎を考える会として、この度の活動において注意するべき点を皆様にも見ていただけるように、このカテゴリーを制作いたしました。

山口玄洞という実業家と、鴨沂に残る図書館。

山口玄洞という方を皆さんは知っていますか?

当方は今回、鴨沂の件で色々とお世話になりました大学の先生から初めて教えてもらいました。

山口玄洞は戦前の実業家です。

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1863年(文久3年)、現在の広島県尾道市で医業を営む長男として生まれました。若くして父親が急死したため学業を諦め、家計を支えるために16歳で大阪の洋反物店に丁稚奉公に出ました。その後、事業で大成功を収めて巨万の富を得て、明治37年には多額納税者となり貴族院勅任議員になりましたが、商人が政治に関わる事をよしとしない思いからわずか2年で議員を辞めてしまいます。

その後、日露戦争以降には更に業績を伸ばし、大正6年には56歳で実業家を引退して持病の療養生活を京都の本邸で過ごしながら、信仰にのめり、資産の多くを寄付・寄進に使い、また表千家後援者としても活躍しました。

事業の成功の初期には特に教育関係、また社会事業関係に寄付を重ね、その後の隠居生活では仏教を篤く信仰し、多くの寄進を行いました。生涯に渡る育英や慈善関係の寄付等、当時の金額にして総額7~800万円とも言われて居り、「大正昭和の寄付金王」とも呼ばれています。

この地元京都でも教育関係、あるいはたいへん多くの寺院への寄進を行って寺社関係の存続を守った事で「京都の恩人」とも評されますが、実際、現代にも残る功績を知る人はこの地元京都でも一般にはかなり少ないのでは無いでしょうか。

しかしながら山口玄洞の故郷である広島の尾道では、かつて水不足で悩まされ続けた市民の為の上下水道確保の為の大事業でその予算の大部分の寄付を行った事などから、現在も記念行事や教育の場で、山口氏の名前とその偉業が語られ続けています。

「人は脂汗をしぼって資産を作ったが、自分は血の汗をしぼったのであるから、よもや道楽や名利のために寄付することはできない。ただ、信仰の道に入って、寺院の前途を考えるとき、やむにやまれぬ気持ちから寄進するのだ」と語り、また生前、地元尾道での偉業を称えるべく敬意をはらって銅像を造ろうとする向きがあった際には「銅像はいったん緩急の時には人を殺す材料となる」と言って断ったのだそうです。

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座右の銘は「明明徳」。設立の際には山口氏の篤志により始まった、大正9年に開校した現在の尾道南高校には、山口氏の書が今も掲げられています。これは中国の古典「大学」の一部を引用したもので、「明徳を明らかにすること」「徳を明らかにすること」という意味があり、「しばしばかすみ、隠れがちな明徳を明徳であらしめようとするのが人の道、人の行い、また学問でならなければならない」、「偏らず不正がない人間として、立派な行動を自分の中ではっきりとさせていく」という真意が込められています。

さて、ここで何故、山口玄洞という人物を取り上げるに至ったのかというのには勿論、訳があります。それは、我々の鴨沂高校にも関わりのある事が分かったからです。

1927年(昭和2年)の事。山口玄洞は鴨沂高校の前身である京都府立京都第一高等女学校の図書館建設に対して1000円の寄付を行っています。

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現在も残り、また今後はもう、図書館としての機能では無く別用途で使われるという方針が、京都府教育委員会により立てられてしまった図書館棟。この建物は、現在改築と改修が進められている校舎本館や、既に解体されてしまったプール棟や体育館よりも先に、これらが昭和初期には木造建家であった頃、女学校卒業生や保護者らが何よりも先にと図書館建設を願い、寄付を募った結果、蔵書に至るまで全額寄付によって建てられたものでした。これには無数の関係者が関わりをもって建設が叶いましたが、その無数の有志の中に、このような著名な人物も存在していた事がこのたび分かったのです。

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一体、山口玄洞が何故、府一の図書館建設のための寄付を行ったのか、そして一体どのような経緯をもって寄付をお願いしたのかは現在の所分かってはいません。けれど、鴨沂の図書館が建つ寺町通りには、ほんのご近所並びに山口玄洞に関連する建物がありました。それは現在、京都市歴史資料館として土地は転用され、残念ながら当時の建物は残っておらず、僅かに山口玄洞の名前が刻まれた石碑が傍らに残る「旧・山口仏教会館」(1923年/武田五一設計)です。こちらの建物は元々、仏教普及のために建設されたもので、戦後は映画館として使われました。また、これもご近所と言って良いでしょう、京都府立病院の裏手には、山口氏の本邸である「旧山口玄洞邸」(こちらも武田五一設計)が現在も残っています。この建物は戦後、進駐軍に接収された後にカナダ人が買い取り、現在はドミニコ修道会聖トマス学院となっています。

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いずれも、これほどまでに近くに山口氏の存在を知る事が出来た筈のものを、私たちは全く、感じないままにこれまで過ごしてきたという訳です。

残念ながら、1937年(昭和12年)に、山口玄洞はその生涯を本邸にて終えました。府一のプール棟、体育館、そして本館と先に建てられた事で竣工の順番が狂ってしまった図書館棟は、その1年後に建てられたという訳です。

あまりにも多くの時間の経過や、戦前と戦後で大きくものの価値や捉え方が変わってしまった現代にあって、多く忘れられ、また埋もれてしまった貴重なもの、また人々の思いというものも多くあった事でしょう。けれども、その本質や根源となる心というものは、決して変わるべきでは無いように感じます。

例えば、生前の山口玄洞という人が残した言葉にも、色々と考えさせられるものがあるように思います。

私たち現代人が、せめて今一度その思いを読み取り、また大切にする事で、次へと伝え、教えられる事は無いでしょうか。

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(参考資料/「安井楢次郎と山口玄洞」日本建築学会近畿支部研究報告集 「山口玄洞のことどもと公共奉仕」大阪大学史記要 「山口玄洞という人」奈良文化財研究所 「山口玄洞が尾道の人々に残したものは?~尾道市の発展に尽くした思い」中村恵 「武田五一」東京文化財研究所)

注/肖像写真並びに書については、フリー画像より転用しております。

2015年の思い。語ります。

<2015年の思い>

2015年は、いよいよ春から新校舎の建設がスタートされると言われています。

そこで今年の目標として、私たちは今後、重点的に以下2点の未解決問題について、注力したいと考えています。

①鴨沂高校に今もまだ残る地下道及び上屋についての保存運動。

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②現在伏見にある旧養護学校敷地内にあるとされる、スタンウェイピアノについての保存と修復についての運動。

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この上記の問題について、それぞれに訴える矢印は異なると、私たちは考えています。

まず、①について。これは、その今後の処遇について京都府教育委員会の判断いかんにかかっており、一方で京都府教育委員会としては上屋についてはレプリカを別の場所に造るという方針と予算案を既にたてている事からも、その計画の変更と、あらたに造るとされるその予算を、本来の位置で本物を改修し、残すべきだというのが、私たちの運動方針であります。また、この問題については、鴨沂高校におけるグラウンド問題にも繋がっている事から、部外者である立場で何がどこまで出来るかは分かりませんが、当事者らの声がある限りは、応援してゆきたいとも考えています。

そして②について。これは、京都府教育委員会も、そして鴨沂高校としても、その今後の処遇について全く明言をしておらず、一方で全国にいくつかある事例として、市民、卒業生、PTAなどの有志が協力し、改修し、学校に再び寄贈するというものがある事に習って、ピアノについては心ある人達でなんとか、仮置き場から救い出し、しかるべく手当を受けさせ、そして楽器として復活させるというのがベストであろうと考えています。現在は府教委側の手の内にあるピアノであり、まずはこのピアノの正確な歴史やいわれ、また販路の正式な確認も必要であり、出来るだけ多くの協力者の声と、各方面への働きかけ(これは、府教委や鴨沂高校、また同窓会組織など)も必要とされますので、いくつかのハードルはあります。ですが、出来るだけ心ある方々らの声があって、しかるべき資金が集まれば、そう難しい筈は本来無いと思っています。

これらの2点について、何か共通するものがあるとすれば、それは共々に老朽化した姿を見て、「こんなのは今更なおせるのか?」と思われるか、「いや、みんなで声を挙げれば出来る筈だ」と思われるか。また、これらを「今後も鴨沂に残すべき」と思われるか、「もうそんなものは必要無いだろう」と思われるか・・・そう、いずれかの選択を、自分達側が問われているのだという事では無いかと思います。

しかしながら私たちは、「出来るだけ多くの人達で声を挙げれば、今後も鴨沂に残せる筈だ」というスタンスの元、今後の活動を行ってゆきたいと考えています。

出来るだけ、同じく意志をお持ちの方の声をお待ちして居ります。

また、何故、これらを今後も繋げてゆくべきかという事についても、度々にフィードで触れてゆきたく思っています。

どうぞ、宜しくお願い申し上げます。

業者向け図面をみて検討しよう⑫最終回

<京都府の業者向け入札情報から、鴨沂校舎が今後どうなってゆくのかを見て行こう⑫>~シリーズ最終回は、既存校舎として残った!本館中央棟の改修明細、の巻。

昨年末よりスタートしたシリーズの最終回、第12回目。

京都府の入札情報リンクに、鴨沂高校校舎改築の工事内容が分かる詳細図面などがアップされています。以下のリンクにその詳細が分かるPDF資料が貼付けられています。膨大量の資料ですが、これまで分からなかった、また学校等のサイトでも更新されていない工事内容と詳細な平面図面も見る事が出来ます。http://www.kyoto-be.ne.jp/kanri/cms/?page_id=39

業者向け設計詳細図から今後の校舎はどうなるのだろう。という事で、いよいよ最後には校舎本館中央棟について、紐解いてゆきたいと思います。

本館中央改修後外観1

まず、添付資料の1は元々はコの字型建物であった校舎から、切り取られて残された中央棟の外観図面です。この校舎は本来、全面タイル張りであったという事は、度々に渡りフィード内でもご紹介してきましたが、今回の校舎改修プランではなんと、この元々のタイル張りであったものが蘇る事になった模様です。実は僅かながら剥がされずに残っていた白地のタイルですが、これと全く同じ材質のものが外観に貼られるかは分かりません。しかしながら、竣工当時の外観の様子が蘇るという事は、これまで剥がされてむき出しのままになって、雨露にあたり劣化を加速したであろう事を考えれば、建物の保護としても、また美観的にも美しい事になるでしょう。図面の改修部分に赤線を引っ張りましたが、細々と改修が施される事が分かります。

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タイル張りに関する詳細記事リンク↓

http://coboon.jp/memory.of.ouki/?p=1501

本館中央改修後外観2

添付資料2はコの字型であった校舎両翼が切り取られた側面の改修図面です。

本館中央外観改修・部分1 本館中央外観改修・部分2 外観改修詳細図

また、添付資料3では、外観屋根部分や柱部分の装飾が改修また復元される様子が書かれています。

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校舎竣工当時には両脇の階段室の窓には恐らく鉄製のレリーフがはめ込まれていたのですが、ここまでは復元されるとは図面にはありません。

それでは、いよいよ内観について。

添付資料4はまず、地下1階の既存空間レイアウトの様子です。続く添付資料5は、改修後の空間レイアウト平面図です。内部使用用途が細々と変わる事が分かると思います。

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本館中央・既存地下1階

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本館中央地下1階・改修後

続きまして添付資料6が、1階の既存空間レイアウトの様子です。続く添付資料7は、改修後の空間レイアウト平面図です。職員室の場所は変わらない一方で、校長室が応接室とセットになる、またその他の空間位置のレイアウトが変わる事によって、壁位置などが変化しています。中でも、意匠性が高いとの評価である校長室の壁にあった竣工当時から存在している造り付け家具は、壁位置が変わる事でいったん撤去されてまた再び新たな壁位置にて復元されるようです。この点についての細かな詳細図面が添付資料8にあります。

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本館中央既存平面図1階

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本館中央平面図・改修後1階

 

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内観詳細(校長室)

続きまして添付資料9が、2階の既存空間レイアウトの様子です。続く添付資料10は、改修後の空間レイアウト平面図です。このフロアーが最も、改修前改修後の使用用途が変わると言えるのではないでしょうか。まず、校舎東側はほぼ全面に渡って、図書館設備がこのエリアに移動されます。これまでの独立棟の大容量書庫と、今回の改修案ではどれだけまかなえるのかが不明瞭ですが、閲覧室に関しては旧図書館1階部分よりは広い印象は受けます。校舎西側には、かつての定時制職員室などのエリアが情報処理室となり、ここが言われる所の最新式ICT化、と呼ばれる所でしょうか。

が、ここで小さい存在ながらも大きく評価すべき点があるとすれば、これまで職員室並びに喫煙所と化していた事で雑然と存在が埋もれてしまっていた、校舎竣工時の壁面や床の装飾、また暖炉跡などを閲覧室や情報処理室の壁側などに蘇らせる、という点です。これはかつての校舎の本来の姿を蘇らせるという点では、せめてもの救いのようなプランとなっています。詳細資料は添付資料11になります。

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本館中央平面図既存・2階

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本館中央平面図・改修後2階

 

閲覧室改修図

 

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続きまして添付資料12が、3階の既存空間レイアウト、続く添付資料13が改修後の平面図です。平面図で見るとさほど変りのない講堂の様子ではありますが、添付資料14の断面図では、この講堂の様子が特にステージ側で変わる事が分かります。鴨沂高校の講堂ステージは、その両サイドをこれまで緞帳で仕切って上手下手と成されていましたが、どうやら、今回のステージでは壁が設置されて控え室が両サイドに設置される様相です。これは、添付写真にあるよう、竣工当時の講堂ステージ側の雰囲気に似せたものに再現するのか?とも思われます。天井の照明は竣工当時から現在に至るまでほぼ変わっていませんので、それが今後も生かされるようですが、床板などは新たに張り替えるようです。その他も細々とした点は、断面図にて読み取る事が出来ます。

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本館中央既存平面図・3階

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本館中央平面図・改修後3階講堂改修図

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続きまして、添付資料15は、竣工時から現在に至るまで活用され続けた、そして鴨沂生の最も自慢とする南北の階段室についての改修プランの図面です。改修にあたる部分に赤線を引きましたが、よく読み取ると階段のステップ板(あの、長年に渡る学生らの昇降によって中央が凹んでいる)は、いったん全て取り除かれ撤去される、という事が分かります。そして今後は、この板に関しては既に解体を終えた校舎両翼の階段板に差し替えて改修される、という計画であるという事が見て取れます。あの、女学校時代から続いた鴨沂の歴史を刻むステップ板達は、今後いったいどうなるのでしょう。また、すでに解体された校舎には、階段室が本館中央以外に3カ所ありました。それらの全てを差し替えたとしても尚残るはずのステップ板達は、今後活用される見通しは無いのでしょうか。それらを読み取る事が出来る資料は、残念ながら我々には見当たりませんでした。

階段室改修図

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おおよそ、ここまでが当方らの読み取りにて分かった、本館校舎の今後の残され方の詳細です。

最後の添付資料は、今回の校舎中央棟における耐震補強の図が立面表記されたものとなります。これと共に、この度の添付資料群を今一度この観点で読み解けば、この校舎の耐震については、いわれていたはずのブレース補強でも無い、窓枠下の壁厚の厚みを少し加えるだけで補強が済む、という事を見る事が出来ます。

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何より、あの美観的にも問題のあるブレース補強がそこかしこに加えられるのでは無く、全体的に一見した所で分からないような美観を保った耐震補強が成されるという計画には、安堵の思いでいっぱいであるのが正直な気持ちです。

また、細かな点についても改修を行う事で今後もこの中央棟が生かされる事が図面上では確認する事が出来た事については、大きく評価すべきではないかと思います。

とは言え、これらは無色、業者向けであまりに専門的な図面であるために、実際の仕上がりの様子についてはまだまだ読み取りが不明瞭な点も多く、今後も注視する事はおおいに必要であるという認識ではあります。

今回の校舎中央棟の改修プランを見て総括するに、空間リノベーション、壁位置の移動、既存設備から別設備への転用など、現代における「当たり前」の方法にのっとり、「旧来システムを最新システムに移行」させたり、また「残すべき所を残して活用」したり、といった手法が随所で見られます。これを振り返れば、やはり何故、旧校舎全体を解体せず、こうした手法にのっとって全体リノベーションが出来なかったのか何故、そうした選択をされなかったのか、というのがとても残念であり、おおきな疑問として残る所です。

これらのシリーズをもって最も分かった所は、やはり紫野グラウンドを鴨沂高校から奪った事によるしわ寄せが大きく見られる所であり、清明高校と鴨沂高校という二つの新しい高校を同時期に造りたかったとする教育行政側の思惑と、そこで大きな予算が動く事での、無駄とする側とその無駄を必要とする側の存在がクローズアップされた、という事ではないでしょうか。

いずれにせよ、間違い無く私たちは、これは単なる関係者レベルの話では無い、かけがえのない唯一無二の存在を失ってしまった、という事には違いありません。

それでは、ここでひとまず、業者向け図面を見て今後の校舎がどうなるのか、という読み取りシリーズを終えたいと思います。

これからもどうぞ、皆さんもこれら膨大な実際の図面資料を読み説き、疑問とする所や発見した事など、情報のやり取りが出来れば、と願って居ります。

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業者向け図面をみて検討しよう⑪

<京都府の業者向け入札情報から、鴨沂校舎が今後どうなってゆくのかを見て行こう⑪>~地下1階地上3階建の新設・教室棟の全貌を見てみよう、の巻

昨年末よりスタートしたシリーズの第11回目。
京都府の入札情報リンクに、鴨沂高校校舎改築の工事内容が分かる詳細図面などがアップされています。以下のリンクにその詳細が分かるPDF資料が貼付けられています。膨大量の資料ですが、これまで分からなかった、また学校等のサイトでも更新されていない工事内容と詳細な平面図面も見る事が出来ます。http://www.kyoto-be.ne.jp/kanri/cms/?page_id=39

今回はいよいよ、校舎南側に新たに建てられる「教室棟」について、その全貌を紐解いてゆきたいと思います。

教室棟地下1階

まず、添付資料①は、この建物の地下1階部分。ここは図面にある通り527台分の自転車が置けるという駐輪場になります。この部分は元々の校舎にも地階はありませんでしたので、新たに掘られるそうです。出入りには校舎東裏側のスロープ階段を使い、人間の出入りは建物の北側に出っ張った階段を上がって校舎に入る、という動線のようです。(また、地下1階から地上3階まで上り下り出来るエレベーターが併設されるようです。)
また、校舎南側には地階に雨水貯留槽が造られるようで、この上は地上駐輪場もあります。

校舎敷地全面図

添付資料②が校舎敷地全体の平面図ですが、学生の登校時の動線想定を緑色の線で描いてみました。自転車で登校する際に、地上駐輪場はともあれ、地階駐輪場の動線はなんだか込み入っているように思います。北門から入って校舎東側を通り、スロープ階段から地階へ下る→地下駐輪場へ→地上へあがる階段を使い、教室棟1階の生徒昇降口へ、という順番。次の図面にはその詳細が今ひとつ分かりませんが、昇降口付近に下駄箱とおぼしき図がありますので、ここから靴を脱いで上履きに履き替えて各教室へ。という動線。お行儀の良さが問われる造りになったように思います。

教室棟1階

さて、次の添付資料③は、その教室棟1階部分です。
校舎そのものが口型になっていて、吹き抜けの中庭を囲んで各種教室があるという形になるそうです。中庭はウッドデッキが貼られるそうで、「再生木」という言葉がありました。この再生=リサイクルの意味が、果たして、これまで言われていた旧校舎からの廃材を利用するという事なのか、それともウィーンの森などから伐採された木々達がウッドデッキに成り代わるのか、そのあたりの詳細説明はありません。あるいは、既成の「再生ウッド」という意味なだけかもしれません。
クラスに関しては図面を見る限り、1クラスあたり40席の机が見られます。各フロアーに6教室あるので、1学年あたり6クラス×3学年、という想定で造られる教室棟のようです。中央部分の生徒昇降口は教室と比率すれば分かる通り大きく、これは本当にひょっとして2足制の為の空間容量に思われます。やはり2足制のデメリットを言えば、こうした面積を限られた敷地内でとってしまう、という点でしょう。
職員昇降口の横には情報コーナーというものがありますが、果たしてこれは今後、鴨沂の伝統でもある「銀座通り」の様相となりますでしょうか?
あと、1階で特徴的と言えば、音楽室の外を出ると、屋外ステージが設けられた、という事でしょう。隣の地下駐輪場出入り口用階段とこのステージの設置によって、かつてこの場所にあったウィーンの森は伐採及び一部移植を強制されてしまいました。果たして、一部移植された樹木達は、無事枯れずに新たな場所で命を繋ぐ事が出来るでしょうか。

教室棟2階

続いて添付資料④は教室棟の2階です。
普通教室らと共に、定時制用職員室などがあります。そして、書道室がこの度立派に完備されるようです。新設の京都文化コース趣旨の一環でしょうか。
そしてやはりこの図面を見ても謎なのが、旧図書館棟との接続部である渡り廊下が形成されている事です。この教室棟と旧図書館棟を動線的に直結しなければならない明確な理由が図面からはまったく見つかりません。一見、コンパクトでスムーズな動線を形成したいのかと思われますが、この渡り廊下で繋げてしまう程に旧図書館棟2階施設の内容から見ても、その、繋げねばならない空間同士の使用頻度があるのかが不明確です。第一、この部分をこのような形で接続する事で、この辺りの建物が醸し出す圧迫感は増すばかりに思われます。

教室棟3階

続く添付資料⑤は教室棟の3階となります。
理科系教室が北側にまとめられているのが大きな特徴です。

教室棟屋根

添付資料⑥はこの教室棟の屋根部分となります。添付資料⑦では、今回の校舎建設には、雨水を貯めるシステムと共にエコ校舎の代名詞である「太陽光発電」の設備が設置されるようです。この屋根部につけられるのか、太陽光発電設備の仕様書が見られます。
ここにあるように、「耐用年数について20年以上の実証資料を提出する事」と業者には求められていますが、逆を言えば耐用年数はわずか20年程度である、という事にも言い換えられます。

太陽光発電

この度の校舎新築計画では、一方でICT化やエコシステムの導入、エレベーター等のバリアフリー化等が唱えられています。冷静に考えれば、ものが便利になるという事は、一方でより一層のこまめなメンテナンスも要求される建物にもなる、という事です。こうした電子的なシステムは皆さんもよくご存知の通り加速度的に新しいものが開発される訳ですから、これまで全てがアナログであった事によって、長く放置状態にあっても学校施設として使用する事が出来たものとは、良きにつけ悪しきにつけ、何もかもが変わってしまうのだ、という事を管理者側も心しなければならないでしょう。便利になる一方で、つまりは常に適切なメンテを求められる校舎に生まれ変わってしまう、という事です。様々に関連する業者にとってみれば、それは有り難いお話でしょうけれども・・・。

教室棟(階段)

さて、最後の教室棟説明では添付資料⑧に見られる、階段室の断面図となります。今回の新設教室棟の階段室も、どうやら旧校舎の面影を追うかのように木製の階段が周到されるようです。材質には「アピトン」と記載されており、これは旧校舎の材質と同じものです。が、言われていた旧校舎の部材のリサイクルがここで果たされるようでは全く無さそうです。添付資料⑨の工事費細目別内訳の表を見ても、この材料の欄に「既存校舎の部材再利用」などの表現の文字は見当たりません。つまり、デザインは踏襲されるものの、材料については新しいものを使う、という事のようです。

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では、言われていた既存校舎の部材の再利用は果たして何処で成されるのか・・・?
という点は、次の最終シリーズである「本館中央」の階段室に、その答えを見る事が出来るようです。

 

◎この記事に対する関係者からのコメント↓

「教室の数が少ないですね。講座別授業をするには足りなくなりそう。幅広い選択授業や少人数講座を保障することは難しいように思います。」

業者向け図面をみて検討しよう⑩

<京都府の業者向け入札情報から、鴨沂校舎が今後どうなってゆくのかを見て行こう⑩>〜いつの間にか増えていた体育館の地下2階。キーワードは水深3.5mのプール。

先週よりスタートしたシリーズの第10回目。
京都府の入札情報リンクに、鴨沂高校校舎改築の工事内容が分かる詳細図面などがアップされています。以下のリンクにその詳細が分かるPDF資料が貼付けられています。膨大量の資料ですが、これまで分からなかった、また学校等のサイトでも更新されていない工事内容と詳細な平面図面も見る事が出来ます。http://www.kyoto-be.ne.jp/kanri/cms/?page_id=39

シリーズ⑨の新設体育館に続きまして、今回もこの体育館の設備にフォーカスしながら、大きな疑問点を挙げていきたいと思います。

1−昨年12月から今年3月まで4回に渡り開催された、学生向けワークショップで府教委と梓設計が示していた図面(基本設計)と、今回の業者向け図面(実施設計)との大きな相違点とは?そして本気?なシンクロ部設立の噂。

これまで学生対象に開かれたワークショップにおける府教委並びに梓設計が基本設計として提案された資料が、以下サイト側に添付されています。
http://www.kyoto-be.ne.jp/kanri/cms/?page_id=28
ここに残された資料を元に、話の中心を体育館の内部を軸に進めたいと思います。
まず、ワークショップの中で最も当初の仕様と異なる形となったのはプール面積であった、というのが分かります。

プール初期面積案

地下プール当初面積

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まず添付資料1では、当初の計画ではプール面積について、25m×12mであったものが、添付資料2では25m×16m、そして最終的な基本設計では添付資料3の通り25m×20mという計画変更に至りました。これはまた後にも触れますが、現在鴨沂高校で最も対外的にレコードを記録している「女子水球部」において、プール面積の規定に25m×20m、水深が2mが公認水球プールされている事からあるようです(日本水泳連盟資料引用)。
しかしながら、この計画変更に伴い、当初は体育館の西側に2面のテニスコートが配置されていた筈が、体育館全体面積がプールによって変わってしまい、最終的には1面になってしまいました。体育館内部に至っても、当初は格技場スペースは2面あったにも関わらず、1面に減ってしまっています。

地下1階図面基本設計
更に注目すべき点は、今回の業者向け実施設計図面では、学生向け基本設計資料と大きく異なっている点です。添付資料4で分かる通り、基本設計では地下は1階までで地下2階はありません。この、学生らの要望では本来地下1階の範疇でまとめられていたものが(プールの為の設備も既存本館中央地下にまとめられている)、今回の業者向け資料では昨日も示した通り地下2階まで増えて居り、その地下2階の全てはプール及びプールのための設備で占められています。
何故でしょう。
キーワードは水深3.5m。水球の為の水深で無いのは明らかです。
当初の計画では水深2.0mで済んだ筈のものが、1.5mも水深が増しているのです。おおよそ大人の背丈近く程の水深が増されているのは、今はまだ存在すら欠片もない「シンクロ」という新たな部活に関連があるようです。ちなみに「シンクロ」のプール規定を見ると、水深は3m以上必要とする、とあります。
今年の秋頃の事。鴨沂全期同窓会理事会に出席をされている方よりお話を聞きました。
「今まだ学校の設計の事で揉めている。」(何についてですか?)という質問について、次のお話をされました。「シンクロ部を作るのに、プールの水深が足りないから更に地下を掘らなきゃならないけれど、その予算が下りるかどうかで揉めているらしい」と。(おかしく無いですか?何故、今ありもしない部活動について予算うんぬんが議論される一方、紫野グラウンドを無くして活動の場が無い部員が居るのに)と言うと、「今度の東京オリンピックを目指してるみたいで」と答えられました。冗談かと思いましたが真剣なようです。今ありもしない部活なのにと再度言うと、「まだ、ギリギリ間に合うらしいんで」と答えられました。
ちなみに、今回の校舎が建つのは平成28年12月末。つまり平成29年以降からの稼働であり、東京オリンピックは皆さんもご承知の通り、平成32年の開催。間に合うか合わないかの話でとやかく言う訳ではありませんが、学校の特色をこうしたものに頼るのは、前世代的発想に思えてなりません。

2−鴨沂高校で現在活動している部活動を、今回の新設体育館及び運動場に当てはめてみると?

鴨沂高校で現在活動している体育系部活動の詳細が、学校側公式サイト並びに受験生向け学校紹介パンフレットに記載されています。
http://www.kyoto-be.ne.jp/ohki-hs/mt/school_life/club/
ここで分かる通り、水泳(水球)・バトミントン・卓球・野球・陸上競技・自転車競技・バレーボール(女子)・剣道・テニス・ラグビー・バスケットボール・フェンシング・ダンス・サッカーと列挙されています。
では、これらの部活動が今後の鴨沂にてどこで活動するか、という点について、実際の業者向け図面で落として行きたいと思います。

地上1階
添付資料5の体育館地上1階図面では、バトミントン部・卓球部・バレーボール部・バスケットボール部が活動する事になるのでしょう。

地下1階図面

地下2階図面
次の添付資料6の体育館地下1階図面では、プール側は水球部が、そしてフェンシング部に1ピスト、格技場では剣道部にダンス部が使う事になるのでしょう。そして地下2階。これは、水球部と今はありもしないシンクロ部が独占使用する、という事になるようです。
では、その他の体育系部活動はどこで行うか。

校舎全体図
添付資料7の校舎敷地全体図で分かる通り、体育館西側に整備されるテニスコート1面では、フットサルなどにも対応するとの事ですので、サッカー部の部分使用とテニス部が、そして隣の北運動場側に、野球部とラグビー部、サッカー部に陸上競技部がひしめき合うと想定されているようです。自転車競技部に関しては、想定される場所すら見当たりません。
ちなみに、この北運動場は150mトラックにして、最も長い直線距離も約85m程しかありません。
添付参考資料として、各既存部活動におけるコート面積図を11パターン挙げています。各部活動のおおよそ当てられている場所については、例えば北運動場に関してはどの部活動においても面積はクリアしていません。また、新たな体育館の中でも、明らかに複数の部活動が同じ場所に重なって使用する形になります。

野球ラグビーサッカーテニスバスケットバレーボール剣道卓球フェンシング水球コートシンクロ・水球

これらの件について以前、府教委管理課においては府議会でもまた保護者説明会においても「工夫した活動を」と答弁しています。
が果たして、この図面の読み取りにおいてそれは、当事者側らに納得のゆく話となるでしょうか?
「水球部は強いから仕方無い」と、この当初案に言葉をつぐまざるを得なかった当事者らも多かったでしょう。
けれども、今まるでありもしない部活動に特化した設備を、それも学生向けワークショップでは出す事も無かった話がこうして浮上するのは何故でしょう。そしてこれらの既存部活動の中でも最も設備投資として金額の高いであろうものが実現される一方で、グラウンドの代替地さえ既存部活動に対して提示出来ないのは何故でしょう。
こうしたプール設備は今後部活動以外の体育授業でも活用するという話はあるかと思います。ですが既存水球部に必要な水深は2mですから、これを通常の体育授業に流用するのであれば、可動式床などを作らずとも水位を減らせば済むレベルの話であり、既存部活動及び今後の体育授業ではそれらの設備投資はまったくの過剰投資と言えます。

いずれにせよ、延床面積が当初よりも多くなる事で、その膨大な予算がまた、本来の学生らのためでない所に流れる事は事実なようです。