カテゴリー別アーカイブ: かっこいいやんな鴨沂

鴨沂のかっこいいとこ見てほしい!

かっこいいやんな。上屋。

「いざ美しき、あの鴨沂の地下道上屋」

もはやその存在の猶予はありません。鴨沂の地下道上屋。北運動場側。
昭和11年の写真を、かつての卒業生の方からお伝え頂きました。
勿論、落書きもありません。そして、当時のブロックガラスがはめられていた頃の様子がよく分かります。美しい。
バレー部が、恐らくは明治神宮での全国大会で優秀な成績をおさめた時の記念写真でしょう。中央には当時の鈴木校長先生もおられます。

記念写真と言えば、おおよそゆかりのある場所で、まさしく記念的に撮られるもの。この上屋もご自慢の場所であったというのが伺えます。

是非もう一度、
この姿がこの場所で、美しく改修されて復活して欲しい。
これが、私たちの心からの願いです。

カッコ良い大人。

「今日は鴨沂先輩のライブでした」。

シカゴ在住のブルースピアノマンで、以前卒業生インタビューを受けて下さった有吉須美人さんのライブが、地元京都であった。

そこでより確信した事。

カッコよく在り続ける事に日々を重ねる大人は、本当にカッコ良い。

そしてカッコ良い先輩の背中を見て、後輩らはついて行こうと思える。

全てを知る存在。

「夕暮れ鴨沂」

日が落ちて辺りが暗くなる頃の鴨沂校舎。荒神口通り側から望む。

こんな光景を不気味と取るか、哀れと取るかは人それぞれだろう。けれど、実像の前の自分には、どこかよその国の、荒れ地の中の孤高の廃墟のように見える。

両腕をもがれてもなお凛としている中央棟と、手前は校舎から切り離された地下道上屋のシルエット。講堂舞台裏側の階段室にある非常灯が、小さく赤く、もう誰も守らなくていいのに灯っている。

撮影している背後は北運動場。サッカー部が練習を終えてトンボで土をならしている。最近野球部を見かけないと尋ねてみると、体裁良く見える運動場は水はけがとても悪く、雨続きだと練習場所として使えないのだと言う。プール棟と旧体育館解体後、もう半年以上経つというのに今だ運動場として整地が果たされていない。だから仮校舎の中庭のような小さな運動場で、テニス部と陸上部、そして野球部がひしめいて練習しているという。約束事だった筈の部活動における他施設でのグラウンド利用は勿論果たされていない。

こんな夕暮れに撮影していたら、鴨沂の同級生が営業車で寺町通りを曲がって来て、こちらに気付いて窓越しに会釈された。数秒止まれない程忙しいのかもしれないし、まあ、卒業後20年以上交流も無く、この2年の間にちょっとばかり同窓会的に逢っただけだから、そんなものなのかもしれない。そう、自分に言い聞かせた頃には進行方向に車の陰さえ追う事が出来なかった。

みんなが観ないうちにも、何かが起こっていたりする。

でも、この眼前の孤高の存在だけは、いつも毅然としている。

そして何でも知っている。

鴨沂高校に残る地下道&上屋アルバム

写真に記録する。

そんな、ありがちなトロフィーのような、メモリアルのような気持ちで撮影した訳では決して無い、ただただ「ここ。やっぱりかっこいいやんな」の気持ちで、それを出来るだけ多くの人と共有したいという思いで撮った、鴨沂高校に明治から使われている地下道と、昭和初期から存在する地下道上屋の写真たちです。

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