カテゴリー別アーカイブ: 歩み活動報告

誰が望んだYショップ鴨沂高校店。新校舎にて始動。

「典型的な、茶番劇」
〜鴨沂高校食堂の末路。

ようやく京都は雨が上がりました。皆様にはご自身、ご実家、ご友人の方々におかれまして、ご無事でおられますよう、心よりお祈り申し上げます。それにしても、久方ぶりの空から降り注ぐ光。その光に照らされて、今後、ニュースではその被害の全貌が徐々に明らかとなるでしょう。

さて。鴨沂高校の学生食堂が今後、具体的にはどのようになるのか。学校側および府教委側からの情報が挙げられていませんが、その方針が思わぬ形で具体的に知ることとなりましたのでご報告致します。
先の投稿にて、プロポーザルにて運営業者が給食弁当の製造企業「一番」と決まった、とは報告済みでしたが、本日新聞に挟まれていたチラシにて、求人広告が。

確か1年前。この問題が浮上した際には「不確かな情報を拡散して学校運営を妨害しようとしているだけ」等を始めとした言葉の数々にて、鴨沂高校校長は食堂のコンビニ化を声高に否定し続け、保護者や在校生に向けて説明を続けてきました。あなたがこの1年間、まくし立ててきた言葉の数々、私たちに向けた誹謗中傷の言葉を全て、正確に記載し投稿するには、それこそ不確かな情報を拡散し、揚げ足を取るような感情的行為である、教育者であるはずのあなたの言葉をそのまま伝えるにはあまりに品性にかけると、なんとか言葉を精査してきたつもりです。
しかしながら。誰に何を言われようと、誰が何を言おうと、そして誰を陥れようとも、ご自身のやりたいと決めた事は是が非にもやり通すような、それほどの怨念にも似た粘着力、実行力と決断力。注ぐような事でしょうか。「公立高校で初めての、コンビニ」、などとというものが。

「Yショップ鴨沂高校店」オープニングスタッフ大募集で時給900円。
あなたの嫌った「騒ぎ」の末路。人として、教育者として、その心が売られる場所。
何故でしょう。鬼の首を取ったような気分にもなりません。それはこの問題で懸命になって、現行食堂が無くなることに反対し、行動した生徒たちの憤りを知るからです。
1年前。現在の学生食堂運営の前川夫妻に「新校舎でデイリーヤマザキのオーナーにならないか」と裏手で打診し、それは主義に反すると断られ、署名運動に発展し、メディアに取り上げられると、今度は結局、ただ運営する頭をすげ替えただけの茶番劇。
わざわざプロポーザルで公募し、有識者と言われる人を呼び、話を元に戻しただけの劣化方針。
市井の人々は、こうしたことを、「税金の無駄」と、言うのです。

※これまでの食堂存続における時系列や資料などは、以下のリンクにてまとめて既に公開済みです。特に一連の経緯を掌握するには、リンク先の項目9を、ご覧いただけましたらおおよその学校側のやりとりなどがご理解いただけると思います。
http://coboon.jp/memory.of.ouki/archives/6485

学生食堂が終わりを告げます。

「今後の鴨沂高校食堂の中身は?」
〜約40年に渡る学生食堂を運営してくださった、前川夫妻に感謝を込めて。さようなら。そしてありがとうございました。

評価及び候補者選定結果等の公表について

鴨沂高校の新校舎における食堂の行方について、プロポーザル業者選定が京都府教育委員会側によって発表されたようですので、ご報告いたします。
いわゆる学校給食やお弁当を作られている京都市内の企業のようです。
企業詳細↓
http://www.kyoto-ichiban.co.jp/menu_kids/index.html

さあ、今後はどのような食空間となるのでしょうか。
企業側が一体どのような企画提案をした上でその内容がどう評価され、結果、何故選定されたのか、その企画内容自体の記載が全く無い、ただ、専門家と呼ばれる有識者の選んだ結果論だけ読まされたところで、公共施設として全貌を誰もが見渡し出来ないと言うのは、このような結果発表1枚の紙で、どうなのか?です。
すなわち、結果的にどのような空間になるのかは、まさに弁当箱の蓋を開けて見ないと、その内容も、充実度も、そしてこれまで以上の美味しさや豊かさとなるのかも、全く見えてはきません。
ただ、読み解きのヒントとして、先の府教委側からの枠提案には、例えば学校側から用意されるものとして、テーブルと椅子、電子レンジ、電子ポット、冷蔵ショーケース、冷凍ショーケース、とありますので、それ以外のものや展開される企画範囲には、どれだけ企業側の資本投入されるかいかんによって、いかほどの内容の充実が図られるのか、と言う事になります。加えて、すでに校内建屋内の全域が二足制となった新しい鴨沂高校にて、食堂や売店とされる空間にも既に、二足制前提の床張りが成されていますので、このうえに厨房的なものが加えられたりするのは衛生面、動線から考えても、内容に疑問が生じます。

さて。これまで約40年に渡り、出来立て、手作り、作り手の顔が見える、人情味あふれる学生食堂を運営してこられた前川夫妻による食堂は、6000筆を超える多くの存続を求めた署名が集まり、また、在校生中8割にも存続の声が訴えられた名物食堂でしたが、こうした声も虚しく、終わりを迎えます。せめて、これらの声を大きく上回るような、素晴らしい空間、素晴らしい食堂に成り代わらなくては、今後、その本当の真価が問われる事でしょう。

前川さんからご連絡を頂き、7月31日を持って、仮校舎側にて前川さんらの食堂はその歴史を終えられる事、この1年間、食堂存続の声を挙げ続けた方らへの感謝の言葉、加えて、学校側のプロポーザルの方針内容には、これまで自分たちの培ってきた食堂運営は出来ないと判断し、公募への参加はしなかった事、などの報告を受けました。
返す返すも残念な結果となりましたが、上記、取り急ぎまして食堂の行方として、結果報告といたします。

鴨沂高校における名物食堂は、7月31日にて、見納めとなります。

 

 

校舎見学と5年に渡る、ひとまずの総論。

「校舎見学。ここで一つの区切りとして。」

昨日、京都府建築士会によって行われました、鴨沂高校の完成校舎の見学会(会員及び一般枠での定員数あり、事前申し込み制)に参加してまいりました。
http://www.kyotofu-kenchikushikai.jp/K008/cal3.php#180623
京都はあいにくの雨。思い返せば5年前。保存要望書を提出して下さった日本建築学会の先生方、そして日本建築家協会の専門家の方々とも、校舎をこうして見学したのは2013年のちょうど似たこの時期。
改築前の鴨沂高校の校舎見学をしたあの日も雨、あるいは降り出しそうな空模様でした。

あれから5年の月日が流れました。
あの当時、全面解体が言い渡され、生徒たちは仮校舎へと移る準備が着々と進む頃でした。その後、新聞やテレビの報道が重なり、様々なやりとりを経て、今に至ります。そしてようやく、それらの結果は全て、この地に体現されました。
残念ながら、今回の校舎見学では、「個人の趣味として校舎内を写真に撮ることは構わないけれど、SNSに写真を投稿するのは、施主側に引き渡し前ですのでしばらくやめてください」との主催者側の申し渡しを参加者全員が頂いておりますので、内部で撮影しました写真は掲載いたしません。おそらく、その内にお披露目会のようなもの、記念祝典のようなものが学校側にて行われるでしょうから、是非、ご興味の方はそのあたりのお知らせをお楽しみにされてください。

さて、内部の感想については、校舎内は完全に二足制となるようですから、体感される空気感や音の響き、匂いなどに当時の思いを馳せることは出来ません。印象的だったのは、一際予算が課せられたのであろうことは素人目にもわかる豪華な地下室内(水位調整付き)プール設備でした。そして、あの犬小屋同然で放置されていた和室および茶室については、ありがちな再利用との言葉に実際は相当の新たな部材で建てられたものではなく、しっかりと使える旧部材を再生されたもので仕上がっていたこと。あと、これは依頼者側の思想や感覚を体現しているな、と感じざるを得なかった、校長室における、元は校舎敷地内で美しい春を彩ってくれていた桜が、工事によって切り倒され、その木材を使って最も足元にされる床の意匠に変えられた、桜の床材の様子でした。
いずれにせよ、この5年に渡るやりとりと変更、手続き等々、山ほどの要望に、実際に手を使い、汗を流し、体を使われた施工者及び職人の方々には、その仕事に対する誠実さや丁寧な仕事を拝見させていただき、その月日の中でのご苦労も多々、あられたと想像されます。心からまずは、深く感謝申し上げます。

さて。当方、一卒業生として、このサイト及びSNSでの発信を行って、これも5年の月日が流れました。元外部専用グランドには新設高校が建ち、こうして本体の新校舎も建ちました。そもそもの原点では、当方、校舎の保存活用を訴えることを主眼とし、それらにまつわる細かな情報の共有及び訴えも、ほぼ全ての結論が揃いました。
細かなところで結論が見えない食堂の件も、すでにプロポーザルの募集は終わって、結論はもう、目前となります。この食堂が置かれるとされる旧図書館1階も、見学することが出来ましたが、空間を見渡す限り、仮にも多目的で自由度の高い空間であればコンクリート土間のままであったりするのでしょうが、確かに何もない空間ながら、床は仕上げの材が二足制と同じくものが張られており、いわゆるテナント的に言う「スケルトン」状態とはとても言い難く、ある一定の本格調理を行っても良いと思われての環境とはとても言い難く、またそれを行うには、多額の資本投入が可能(かつ、それも売上として考慮できうるのかという疑問も含め)な組織の介入の無い限り、難しいのでは無いかとされる、すでに学校側の方針はあらかじめ決められた空間と、受け止められるには十分な情報を詰めた空間でした。
見学の際、身になった事と言えば、技術者の方らに忌憚ないお話を雑談的にお聞かせいただいた事ですが、揚げ足も邪道、これはもう、全て胸の内に納めておこうと思います。何より、ある一定建築や空間にご興味ある方であれば、今回仕上がった空間を見れば、その依頼側の思想や今後の方針はありありと伝わる、そうしたものが体現された建物に仕上がってはいると思います。

これまでの長きにわたり、様々な問題を取り上げてきましたが、その中で、最後のその運命はどうなるのかと心残りであった女学校時代から伝わるスタンウェイのピアノは、これに関し、同窓会がこの度の校舎改築における寄付金として集められたお金が、修復に使われるとのことが結論として見えたようです。(詳細http://www.geocities.jp/ohkidoso/kyoikushinkokikin2)

おおよそ、これら全ての結論を持って、当方もそろそろ、この5年で得た知識や経験、また人間関係を、また、何か違う形、違うもので別の場所、別の表現で世の中に還元する時期が来たのでは無いかと思っております。
思えば最初のきっかけは、地元京都が好きで、古い歴史や建築物、景観が好き、しかしながらそれほど大好きな地元の中で、惜しくも失われてゆくものを憐れみ、憤り、また今あるものを愛してやまないだけの人間であった者が、最も自分に直接関わりのあった筈の場所が無くなると知った時、これに対して何か、何も行動しないで、一体、遠く大きなものに問題意識を持って、変えることは出来るだろうかと振り返ってみたのがほんのささやかなきっかけです。
そうして小さな声、頼りない声に、支えて下さって、教えて下さった大勢の方々に巡り会う事も出来、いろんなことを学ばせていただきました。
これまで、たくさんの応援を下さった方、知恵を与えて下さった方、それから、ご自身のことでは無いのに全力で協力くださった全ての方らにも、略儀ながらここで心より、お礼申し上げます。本当に、ありがとうございました。

ともあれ、今回の見学を自身の中でも活動の総仕上げとし、今後の鴨沂高校の行く末に幸来らんことを祈り、一旦の筆を、置くことにしようと思います。
今後は何か、特別な進展などありましたら、またお知らせとしてフィード更新をすることにさせて頂きます。
尚、このページ及び公式サイトにつきましては、これまでの足跡の記録として、また、全国にある数多の似た事例に対し、何かのヒントとなる事もあるやもしれませんので、削除せず、そのまま一旦保存させていただこうと思います。

何より、ひとまずの区切りとして、これまで様々にご声援下さった皆様には、心より、感謝申し上げます。
本当に、ありがとうございました!
今後もどうぞ、特に卒業生や、直接関わりのある保護者さんや在校生、あるいは教員の方らにおかれましては、鴨沂高校を大切に、紡いでくださいましたら幸いです。

勉強会報告。

「京都市歴史的建築物の保存及び活用に関する条例」についての勉強会報告。

 

先週金曜日のお話ですが、大阪弁護士会会議室にて行われた、大阪弁護士会の研究会が主催された勉強会に参加してきました。

テーマは京都市が制定した「京都市歴史的建築物の保存及び活用に関する条例」について、京都市の担当職員を招いての講義と、これと同様な条例を制定したいと検討されている河内長野市の担当者の方らの講義及びディスカッションといったものでした。

 

以前もフィードで触れた事がある、テーマの主軸である「京都市歴史的建築物の保存及び活用に関する条例」。京町家などの木造建築、並びに近代建築などの非木造建築等、歴史都市・京都の景観を形成し、生活文化を伝える景観的・文化的に重要な建造物の伝統的な意匠形態を保存しつつ、安全性の維持・向上を計り、建築基準法の適用を除外する事で、これまで困難だった建築行為を可能として良好な状態で保存・活用を計るものとして、平成24年にまずは木造建築を対象に、そして平成25年には非木造建築を対象範囲として広げ、条例が制定されたものです。

↓条例の詳細内容はこちら

http://www.city.kyoto.lg.jp/tokei/page/0000157989.html

 

今回の勉強会での講義並びに質問内容から分かった事を以下にまとめてみました。

 

◎今回の京都市の条例では、これまでの所、適用建築物となったのは木造建築で3案件(龍谷大学深草町家キャンパスと、あと2件は寺院)。そして非木造建築での適用建築物となったのは現在までで1案件のみ。それは本・京都府立鴨沂高等学校の中央棟。つまり、現在まで非木造建築では、最初の対象事例にしてオンリーワンの建物である。

◎この条例に関しては、景観的、文化的に特に重要なものとして位置づけられた建物である、建築基準法施行(昭和25年)前に建築された建物が対象となり、所有者は保存しながら使い続けるための建築計画や安全性の向上、維持管理に関する計画を記載した「保存活用計画」を立案し、京都市長へ登録の提案を行うものとされる。つまり、鴨沂校舎の場合には所有者である京都府教育委員会より「保存活用計画」が提出されたものであり、この件を京都市の担当者に質問した所、府教委側の計画では、校舎全体では無く、校舎中央棟部分の保存活用計画が提出されたとの事だった。

◎提出された「保存活用計画」は審査され、京都市から保存建築物に登録される。また、今後、所有者は増築等を行う前に市長の許可を受けたり、適切に維持管理が行われるようになり、定期的に市長に報告を行うよう取り決めされている(3年ないしは5年毎の報告)。つまり、今後の鴨沂校舎中央棟に関しては、これまでのようなメンテナンスの滞った状態に陥る事が起こりえない筈、となる。

◎今回の条例の施行については、国による指針に沿った形でつくられたものであり、それらを受けて京都市が取り組んだものである。

◎ただし、この条例についても文化財指定を受ける受けないと同様に、所有者側の意向有る無しによって、条例自体が活用されるかというのが大きな問題となる。

 

第二部のパネラーとしてお話された大阪府河内長野市の文化財保護を担当されていた元職員の方は、主には京都と高野山を結ぶ高野参詣道として歴史を刻む河内長野市に多く残る街道風情や、その文化財指定を受けた建造物の経緯を説明されました。そこには建造物の所有者側に対する働きかけについても触れられていました。また、残す事だけでは長期的保存の道とは言えないとされ、それら木造建築に必要な材木や萱などの育成にも市をあげて取り組まれている事も紹介されていました。そこには、担当者の方の、未来に渡って市民の貴重な財産を残し、伝える事の使命感や熱意を強く感じました。

 

こうした心ある人の力の呼びかけによって、意識は変わるのかもしれないと感じたと共に、講義を受けながら、本来は京都市の条例の対象範囲である(と、以前京都市長への質問状からの回答でもそう述べられていた)あの、鴨沂に残る地下道上屋の貴重さについて、果たしてどう、投げかけてゆけば多くの方の意識は変わるのだろう・・・と、果てしない気持ちになりました。

このような条例の対象になるような、あの学校校舎はそれほどの建物だったのですよ、という事から、今だ意識を持たれなければならないのかもしれません。

また、こうした条例があっても、それを活用し、発展させるもさせないも、私たち市民次第なんだと思うのです。守る事や残す事は、何も単調な意味での保守ではありません。お飾りのようにただ残すだけの為では無い、残し、今後も安全に活用するという方針を持った条例なのですから、その意味を知り、保存と活用の両立が、未来へと続く歴史になるのだという考え方に、展開してゆければと願っています。

おそらく、これが最後の住民向け工事説明会。

<府立鴨沂高等学校/校舎改築等工事/近隣住民向け工事説明会レポート>

平成27年3月27日の夜19:30より。校舎北運動場東隣にある「鴨沂会館」にて行われた、近隣住民向けの説明会に参加してまいりました。

鴨沂現校長及び副校長に事務長、そして京都府教育委員会管理課複数及び工事管理者の梓設計、工事施行会社の代表者らが会場前方にずらり、そして会場後方にもずらりと囲む中で、住民の参加はわずか20名足らず(これまで、北運動場側解体工事での住民説明会と本館校舎解体工事の住民説明会と、つごう3度が行われましたが、第一回目より更に住民参加者数は減っている。その逆に工事関係者側が増員している。)、という会場配置でした。時間は冒頭から「会場の関係にて8時45分には質問等を終了致します」との事でリミットが切られる、つまり説明会時間は頭から1時間15分で終了される、といった状況でした。これは、第一回目の説明会と時間設定はかわりません。会場都合であるなら、時間を前倒しにするという考えは、最初から最後まで無かったようです。

工事説明には主に工事施行の代表が語り、補足的に府教委管理課の代表が答弁に応える、というスタイルでした。おおまかな工事概要説明のあとに、住民からの質問タイムが設けられるという事でしたが、その質問には明確な返答というのは結局の所どれをとっても、ありませんでした。ただただ形式的で、まるで形骸化された儀式のような雰囲気でも許されるのは(果たして許されているのかは分かりません。声を荒げるような、また詰問するような事はされません。)、これは長年あの場所で学校として居た歴史あっての事で、周辺の方々の長年のご理解があっての事だというのは、今一度行政側も、そして工事関係者側も深く感謝せねばならないのではないかと思います。形式的というのは配布される資料ひとつとっても分かります。最も大事なインフォメーションと思われるフォントはとても細かく、ご年配者には大変読みづらいでしょう。また、資料は両面刷でとても分かりにくい。住民の方も「こんなん見てもなんも分からんわ」と思わずこぼされる方が居られました。

新たな学校を新たな場所で建設する際には、周辺住民との折衝は大変厳しいものであると、私学関係者から色々と聞かされた事があります。

ですから、その理解の上にあぐらをかいていてはいけないと思います。学校のイメージを造るのは、学生らの姿形ではけっしてありません。たとえばこうした場をこしらえる側の、態度ひとつだと思います。

当日のレポートと共に、配布された資料を画像添付致します。

◎資料から分かる事

1ー工事工程表で見る限り、工事開始は現在残されている本館及び図書館棟の内部解体から始まるが、これは今年5月より始まる模様。実際に外からも分かる工事スタートは今年7月から、との事。

2-現在残されている外塀は、今年7月から随時全面解体される、との事。

3-工事車両出入り口であるゲートは合計5つ造られる模様。

4-建物の大枠が完成するとされる予定では、来年の10月頃。全ての工事完了は来年12月末。

その他については資料をご参照下さい。会場説明でもほぼ、資料の読み上げといった感じでした。

◎住民からの質問

1ー<住民>「前回の校舎解体時の説明会でも検討中という返答で終わっていた地下道及び上屋について、どのような結論に至ったのか。歴史的にも貴重なものであると同時に、地下道はこれまで荒神口通りを渡らずとも地下を通って敷地を行き来出来る安全なものだったので、今後も活用しないのか。」

<府教委管理課>「まだ検討中ですが、今後の学校利用としては地下道は使わず道路の横断で安全は確保出来ると考えている。新しい校舎が建てば必要無い。ただ、歴史的な点では地下道については貴重なものであるとの認識はあるので、どのような残し方をするのかは道路管理者の京都市と協議して検討する」

2-<住民>「資料の敷地平面図を見る限り、現在残っている本館敷地側の地下道上屋及び階段の場所がちょうど工事車両の出入り口となっているが、検討結果も出ないうちにもう解体するのは決まっているのではないのか」

<府教委管理課>「図面はあくまでもアバウトなものなのでゲートは地下道を避けて造られることになると思う。が、地下道はこれからどうするかは検討し、上屋については解体する予定である。」

3ー<住民>「新烏丸通り側の塀に現在、町内のゴミ捨て場や古紙回収、京都市の広報告知板があるけれど、それはどうなるのか」

<府教委管理課>「新烏丸通側の塀は現在の場所より若干最終的にはセットバックする。また個別に町内会とお話すると共に、その件については検討します。また、塀が新しくなって後には京都市の告知板については京都市と相談出来るようにします」

4-<住民>「これまで塀側の樹木は落葉樹が多くて落ち葉の掃除が大変だったので、今後もしも樹木を植えられるのであれば落葉樹でなく針葉樹を植えてもらいたい」

<梓設計>「京都市との景観に対する協議の中で、今後は桜とクスノキを植える事になっている」

5-<住民>「この資料では地下を何m掘るのかが書かれていないけれど、うちは地下水を使って居り、水脈が変わるのが心配だ。以前近隣調査の来られた時にはあくまでも工事解体のためのものだったが、また今後は調査をしに来られるのか」

<施行業者>「先に行ったのは事前調査だったので、今後はそれらを元に25m範囲のお宅にはまた再調査を行う。今回、体育館では10m強掘る事になっており、また調査では水脈は4、5mの所にあって、北西から南東へと水脈が通っているのは分かっている。今後は観測場を設置して水質やダクト、pHなどを調べる。また現在の使用状況は見させて頂く」

6-<住民>「解体時にそうだったが、工事掘削を行う重機が稼働しているとテレビが途切れる事が度々あった」

<施行業者>「ちょっと状況がよく分からないので、まだ事務所等も設置しておらず電話窓口も無いが今後は現場にそれらを設置するので、今後そのような事が起こったら知らせて欲しい。その時に対処する。」

7ー<住民>「北運動場側の整備はまだ終わっていないし今後は体育施設も建てると聞いたがいつか」

<府教委管理課>「27年度の12月から3、4月あたりで予定している。防球ネットも15mのもので今後は全面を張り巡らせる」

8-<住民>「これまでは北運動場側には体育館もあって災害時の避難先にもなったがこれからはどうなるのか。また町内の防災機器などが保管されているがそれらをいざとなった時に誰がカギを開けてくれるのか。」

<府教委管理課>「今後校舎が完成した後に京都市と自治会と調整します」

◎住民向け説明会という主旨設定であるが故に質問時間内に質問出来なかった、「鴨沂高校の校舎を考える会」として疑問に思った事。

1-府教委の説明では地下道の件では「道路管理者である京都市と今後を検討」と言われたが、地下道の管理は鴨沂高校であるとは、京都市の門川市長より回答があったのに、何故今だに地下道の今後について京都市の名前を出すのか。

2-平面図面で見ると、移植されたウィーンの森の形状が東西の縦長となっているが、現状では南北の横長である。また移植するのか。

3-外側の塀は今年7月より随時解体されるという事は、少なくとも地下道上屋は7月から解体される、ということか。

4-北運動場の整備はかなり後回しになる。そして、現状で建てられている防球ネットの支柱は15mは無いが、また新たに15mの支柱に伸ばす予定なのか。

5-地下水脈が通るのが4、5mと言及されているのに、一方で地下を10m強掘る事が決まっているのなら、あの規模の体育館を造る時点で水脈を断絶するという事なのでは無いのか。

6-校舎改築の際の大義には一方で地域の防災拠点ともなるべく、と高らかに謳っていたにも関わらず、現状もそしてその先の事も検討中で終わって明言出来ていない。

7-そもそも、工事車両の台数だけを取ってみても、このような大改築を行わずに改修工事という計画であったのなら、このような労力も、また周辺への迷惑もかからなかっただろう。また、地下道については今後も検討されるという事だが、その検討結果がいつ出るのかも明言されておらず、加えてゲートは地下道を避けて造るとは名言されたが、道路上には大型車が今後無数に通る訳であり、その過重に堪えられるのか。

 

皆さんもまた、一度これらの資料を見て、また何か疑問に思う所がありましたら、是非一緒に考えてみて下さい。

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