月別アーカイブ: 2014年4月

STILL OHKI ⑤

<保存活用から消された鴨沂シリーズ⑤>

北運動場の光景。
その時代毎の光景は違ったであろう北運動場。
戦争末期頃には、ここは畑と化していたと府一時代の方から聞いた事がある。
戦後はプール棟と体育館が接収された頃には、GHQのジープがここを乗り上げていたそうだ。

当方らの居た頃は、おおよそ放課後にはここでバレー部やテニス部、ハンドボール部がにぎやかに練習していた。
球技大会はここだった。学園祭の「仰げば尊し」パレードは、街中を練り歩いた後ここに集まり、体育館のバルコニーでクラスのスローガンを訴えた。

写真を眺めるよりも、そこであった出来事は実に立体的である。

北運動場は、全てが取り払われて、平たい場所になる。

校舎耐震診断再調査に関するお知らせ

この度、4月14日付にて京都府議会・文教委員のみなさま、並びに京都府教育委員会に向けて提出致しております公開質問状について、添付いたしております参考資料(別紙資料)側に、これまで記載されていた団体について、「団体名を削除するように」とのご指摘を受け、4月24日に削除し、新たに編集した資料を簡易書留にて郵送致しました事をお知らせ申し上げます。

尚、理由については公開する事への団体と「鴨沂高校の校舎を考える会」間の見解の相違であり、しかしながら、団体組織として提出先からの誤解を避けるため、という要請を受けての事となっております。

それと連動する形にて、これまでサイト側のDLページ側についても同様のご指摘を受けました事から、第三者委員会による校舎耐震診断の再検討資料については、「鴨沂高校の校舎を考える会」による独自判断をもって、これまで報告書内に掲載されておりました団体名と、再調査を行われました委員会の皆様の関係性について、片側への負担等過大に加えられないよう公平性を保つべく、経緯の分かる序章及び要約の書かれて居りましたもの全文を削除し、学術観点による研究結果である第1章から第3章まで(第2章冒頭で書かれておりました団体名を削除し)はそのまま、DL出来る形をとる事に致しましたのでご報告申し上げます。

尚、再診断における結果や数値、内容については全く変更がございませんので、諸々を含め、どうぞご容赦を申し上げます。

また、公開質問状自体についても、内容自体に全く変更が無く、添付致して居ります参考資料(別紙資料)についても根拠内容について全く変更はございませんので、そのまま、当初お伝えしております期限をもって回答をお待ちして居ります次第にあります。

公開質問状についての変更内容はこちらとなっております。

http://coboon.jp/memory.of.ouki/?p=3396

参考資料DLページについてはこちら、最後尾となっております。

http://coboon.jp/memory.of.ouki/?page_id=37

(上記変更につきましては、2014年4月24日及び25日にて完了いたしております)

最後に、言論の自由についての保証と、また学術研究に対し、いずれかの立場側にとって異なる見解が出された場合が仮にあった際、それらに対して滅される力の加えられる事の無きよう、今後共活動を継続し、また明らかとする事を指針に活動を行う所存にあります。

これからもどうぞ、ご声援のほどを、宜しくお願い申し上げます。

~鴨沂高校の校舎を考える会。

STILL OHKI ④

<保存活用から消された鴨沂シリーズ④>

紫野グラウンド。
2013年10月28日。
この日、フレックス学園工事開始の直前にて、全面利用のうえで始めて開催する事の出来る試合が行われた、実質的には最後の日となった。
考えてもみれば、この場所でこれまで懸命に部活動を行って来た彼らは、この日、どんな気持ちで過ごしていたのか。また、声援を送る保護者の方々は、どんな気持ちであっただろうか。私たちは、同じ鴨沂という屋根に入った者同士として、どれほど気持ちを共有出来ているのか・・・。

この頃まで、「校舎全面改築とグラウンド問題は別問題」と、校舎が解体される事と、紫野グラウンドが無くされてしまう事は同じ場所で語られる事は無かった。同じ問題である事に違い無い筈であると問うても、必ずその答えはシャットダウンされた。同じ場で議論を挙げても、タブーのような空気感に包まれていた記憶がある。

現在の新校舎プランを見れば、
この問題は互いに強く関係性があり、グラウンドを無くす鴨沂高校は、これまで北運動場にあった体育施設を本館校舎敷地側に持って来ざるをえなくなっている事は、誰の目に見ても明らかである。

現在、着々と新設フレックス学園建設工事が進められている紫野グラウンドにある、写真上の左手、体育振興施設は遺され、改修ののちフレックス学園の施設として、活用される見通しである。

写真奥に写る破風屋根が見える京都教育大附属の校舎は、鴨沂高校校舎を設計した京都府営繕課・十河安雄氏による設計にてほぼ同年代建物である。こちら校舎は度々の老朽化にも丁寧に改修を行ってこられたのであろう。大変美しい状態にて今日も、その目前で繰り広げられている工事の様子を静観している。

STILL OHKI ③

<保存活用から消された鴨沂シリーズ③>

紫野グラウンドを失う鴨沂高校。
北運動場全面更地化によって、この旧体育館と呼ばれている建物は全面解体される事が決定している。

中2階の丸窓。階段の手摺の丸み。天井の無機質な鉄骨。運動場に向かうバルコニー。
じわじわと、そのデザインバランスのユニークさが分かる。

改装されてそう年数の経っていないフロアー。耐震数値も補修で充分である事が示されている筈。

外側からは分からない。
この建物の寿命はまだまだ。