月別アーカイブ: 2014年5月

STILL OHKI ⑬

<保存活用から消された鴨沂シリーズ⑬>

全ての教室ではないけれど、いくつかの教室にはこのような、今や古ぼけて落書きが色々と施された、けれどもとても重くて立派な教壇が置かれている。

昭和11年の校舎落成記念帖を紐解くと、そこに理科系実験室が写されており、よく見るとこの教壇が、元々は実験用の机であった事が分かる。

これらの教壇には、何故だか排水溝と繋がっていない水洗などが備わったままだったが、つまりそういう背景があったのである。

我々は図らずもその女学校時代から共学校となって現在に至るまで、本来の役目を終えた建具をちゃんと、リサイクルしていた。

それが分かったときはとても嬉しく、また有り難いと思ったし、この、歴史の積み重ねを経た教壇さえも、

産業廃棄物にしてしまうのは、

ガラクタになってトラックいっぱいのクズになってしまうのは、

それを想像するのは、堪らない訳である。

インタビュー記事を豊富な写真と共に、近日公開予定!

「ロングインタビュー/京都府立京都第一高等女学校の皆様」

今日は京都府立京都第一高等女学校時代のお話をお伺いに、昭和10年ご入学、そして昭和12年ご入学、それから、最後の府一入学と言われる昭和21年ご入学の、それぞれの学年のご婦人方に、お話をお聞かせ頂きました。

その時間はなんと4時間半!

みなさん、それぞれの思い出を、お持ち頂きました写真と共に、貴重なお話の数々を頂戴致しました。

久邇宮さまのお写真、プール棟前で撮られた水泳の日本人女性初の金メダリスト・前畑選手らとの記念写真、ヘレン・ケラー女史のお写真などなど、歴史的にも大変貴重な写真の数々をお借りし、しばしお時間頂きますが、本日のインタビュー内容と共に、皆さんにご紹介出来たらと思っています。

それにしても、毎回、府一ご出身のご婦人方とお話すると、そのインテリジェンス溢れる、明るく、そして逞しい立ち振る舞いには圧倒されます。

「校舎外観をそのまま残し、内観に関しては現代の教育環境にそぐうべく改修し、もうあと少しすれば100年となるのだから、文化財指定して今後も残して欲しいですね」

「学生数も最盛期に比べるとかなり減っている筈なのだから、あの校舎空間は工夫すれば、いくらでも使えるようになる筈よね」

「ヨーロッパの街並は戦争で瓦礫になったものをかけらひとつひらって元の環境に再生されたというのに、このままでは日本は大切な文化を無くしてしまう」

専門的知識をお持ちにならずとも、そうした可能性について言及される知識量とその言葉には、これまでの知る事、見た事から堆積された見識として、とてもエネルギーがあります。

STILL OHKI ⑫

<保存活用から消された鴨沂シリーズ⑫>

鴨沂高校の校章の由来が、「鴨沂のあゆみ」(京都府立鴨沂高等学校旧教職員の会/著)の中で、当時の制作者で元・鴨沂高校芸術科・則元教諭による記述に知る事が出来る。

「(戦後、男女共学となり鴨沂高校が開校された頃)男子生徒は全部学生帽を着用していて、帽子の章は大切な役目をしていたので、校章が決まるのを待ちあぐんでいたが(中略)、デザインを世間一般から懸賞募集する事になりました。応募者多数でたくさん集まったので、デザイン専門の京都工芸繊維大学の図案科・沢山教授に審査をお願いする事になり、厳正な審査を見守るためにも生徒会から代表生徒も臨席して貰って、一等〜三等までが全部、実は私の応募作品が入選したのは驚きました。」

「(校章デザインに含まれる意味について)新制高校が出来た当時の高校教育の目標の第一が公民的資質を養成する、第二が男女共学、第三が個性の確立とあったので、その第一の公民的要素を持った人間を造るという事から、公人という字を図案化した形で、チューリップの様な形の公の字の上部の羽の形は飛躍、左右同形は男女平等、男女同権、男女共学を意味し、中央の人の字の形は地形で、加茂川と高野川が出町の所で合流して鴨川となって流れてゆく川の形、鴨川の両岸にまたがった地域の公民的資質を養成する学校、即ち鴨沂を表わしています」。

市民、学生、学校、教員、そして地域。
みんなで考えた、そして、みんなで大切に築かれた学校だった。

校章は、ただの「マーク」「形骸」では勿論、無い。

60年代卒業生による講演会。

<今日は『京都鴨沂会』の総会にて、講演を聴講させて頂きました。>

京都国際ホテルにて、京都鴨沂会(鴨沂高校の前身である京都府立京都第一高等女学校から続く同窓会が母体)の総会が行われ、記念講演として、鴨沂高校卒業・日本舞台監督協会理事長・新国立劇場技術部の小川幹雄さんがお話をされました。一般参加も可能という事で、仲間3人で参加を。

お題は「鴨沂に育まれ、世界の舞台へ」。

60年代の3年間を過ごした鴨沂高校での思い出、そこで学んだ事、そしてその後の人生をお話され、とても心に残る講演内容でした。

大学を進んでも演劇の世界を諦められず、東京、そして世界の舞台へと進まれた、その探究心と努力の積み重ねの日々を、面白おかしくお話頂きました。

特に、演劇の世界を選ばれたきっかけとなった鴨沂高校での演劇コンクールでの経験(当時はどうやら、1年生も2年生も演劇コンクールがあったそうです)や、講座制・ミックスホームルームで様々な個性を持った人間が、またひとつになって同じ目標に向かって作り上げる学園祭などについても触れられ、「今や大学もあちこちで『多様性』とか『グローバルな』とか『相互理解』といったテーマを掲げていますが、当時の鴨沂にはそうしたテーマが校風の中に既にあって、様々な経験をさせてもらえ、視野も広げられ、そして自主性をもって自分で人生を選んでゆく。また、その選んだ事に対して責任を持つという自主性を育てられたと思います。色んな意見や意志を持つ個性の強い人間がたくさん居て、多様性もたっぷりあって、そういう自分とはまた違った人間らと交流してゆく事で、今、よく言われる所の『共生』してゆくという事が体験出来ました。そうした3年間の経験が、その後の自分の人生に大きな影響を与えてくれたと思います。」とお話を結ばれたのが印象的でした。

「今、まさに必要とされている教育の在り方が、鴨沂にはあった」と。

お話が終わってマイクを持たれた司会の方が、当時も、そして我々の頃にもあった講座制にて毎時間毎教室をまるで大学のように移動する様子を指して「まるで戦後の闇市のように人が校内にうごめいていて、それはまた活気があって、そうしたカオスのような学園生活が、様々な舞台で活躍する方を育まれたんですね」と言われたのも印象的でした。

「京都府警察本部」と「鴨沂高校」の符合点?

京都府庁敷地内、重要文化財指定を受けている旧本庁建屋の向かって左手にある「京都府警察本部」建物。昭和4年に建てられ、現在改修か解体かで揺れているこの建物と、鴨沂高校校舎とのいくつかの符合点をまとめてみました。

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こちら、京都府庁敷地内にある「京都府警察本部」。総務部などの管理部門が入る建屋です。重要文化財である「京都府庁旧本館」(http://www.pref.kyoto.jp/rikatuyou/outline.html)の向かって左手にある建物で、日本で最も古いとされる警察本部だそうですが、こちらの建物は文化財指定は残念ながら受けていません。昭和4年、昭和天皇の即位式が京都御所で行われるにあたり、警衛本部として建設されたという歴史を持つ本館は、日本建築学会の「日本近代建築総覧」にもリストアップされており、これは鴨沂高校校舎とも同じく、専門家らによってもその価値を認められた建物です。1階腰部分より上は全面白色スクラッチタイルが貼られ、3階アーチ窓が特徴。地下1階/地上3階建の建物は、車寄せはありませんが、もともとは白色タイル張りだった鴨沂高校校舎と、3階アーチ窓や、その時代性によるものか、いくつかの特徴が似ています。京都府営繕課による設計であった点も同じです。

こちらの建物の側には、京都府庁敷地の南向かいに別館があり、そこには捜査本部が入居する6階建て、1974年建設の建物があります。

現在、これら本館及び別館は、耐震改修or改築の問題が挙っているそうです。

サイト上に今も残る記事として古い順に産経新聞記事(現在はサイトには無く、個人のブログ記事にその痕跡がありましたのでそちらを引用します)、読賣新聞記事、そして最新の京都新聞記事をリンク致します。

・産経新聞(2011年7月16日)

http://ameblo.jp/gate36/entry-10955491971.html

・読賣新聞(2013年11月25日)

http://www.yomiuri.co.jp/local/kyoto/feature/CO004044/20131124-OYT8T00836.html

・京都新聞(2014年4月15日)

http://kyoto-np.jp/politics/article/20140415000012

これらの記事に目を通すと、まず、別館の耐震診断結果は「is0.16」。これは鴨沂高校本館に言われた数値と同じ、そして写真の本館に関してはis0.46と、これは鴨沂高校本館を補強した場合の最大でis0.43と当初発表されていた数値とほぼ同等です。

そして、これら京都府警察本部の耐震診断は、平成10年から12年に渡って行われたとのことで、10年以上前の診断が元となっています。これも、約10年前の鴨沂高校の校舎耐震診断と同じく、随分と時間が経過しています。

産経新聞記事を読むと、そこで時間を過ごす捜査員などの声が書かれており、「地震が起こる度に不安」「毎日命がけで出勤している気分」と、度重なる震災情報の中で不安を募らせる職員の方の心情には、鴨沂高校が過ごした約10年に渡る不安な月日と重なります。また長年に渡って改修が成されなかったことによる老朽化にも、鴨沂のそれと符合します。また既に一部引っ越しを完了されている点についても、鴨沂高校が仮校舎に引っ越しを済ませている点とも似ています。

最新の京都新聞記事によると、どうやら、戦後も戦後、1974年に建設されたにもかかわらず、耐震数値が戦前本部建物よりも著しく数値の低い別館は解体、そして本館の今後は「検討」。京都府庁の北側にある旧中立売署付近に新たに本館機能と別館機能を併せ持つ建物規模を建設する事が決まったそうです。

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さて、こちらの写真は所変わって、現在、解体工事が進められている鴨沂高校北運動場の塀です。こちらの写真撮影日は2014年5月20日。塀にはこのように、工事告知に関する情報が貼られています。

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2014年5月16日のこと。FBページ「鴨沂高校の図書館」さんが、以下のようなフィードをアップされました。https://www.facebook.com/photo.php?fbid=652103058202360&set=a.463007687111899.1073741829.461331230612878&type=1&theater

その記事の概要としては、工事告知に関して、「労災保険関係成立票」にある注文者の氏名が、教育長名が「小野垣勉」となっている、という指摘でした。京都府教育委員会の教育長名は正しくは「小田垣勉」氏です。公共工事の告知にして誤植ありとは不可思議ですが、その後、当方は2014年5月20日に現地を確認した所、こちら写真のように正しい氏名に差し替えられていました。指摘を受けて、差し替えられたと思われます。

(ちなみに、昨今のデジタル写真というものは大変便利なもので、撮影日やGPSにて撮影位置情報などが画像データに含まれているので、これらの写真に関して日時と場所、それから修正の可否について当方らがそれらを改ざん、または詐称していないことが証明出来ます。)

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先ほどの氏名に関しては単純な誤植であったのかもしれません。

ところが、間違いについては他にも、告知内容に見る事が出来ます。

こちらの写真も告知情報に続く、2014年5月16日にFBページ「鴨沂高校の図書館」さんが撮影された、同様に鴨沂高校北運動場に貼られていたものです。

赤字で「here!」と矢印を打った所(写真にカーソルをあわせてクリックすると拡大します)に注目すると、何故か鴨沂高校北運動場の解体現場において「京都府警察機動隊旧庁舎耐震改修 工事工事作業所」と記載されています。もちろん、撮影場所は京都府警察、ではありません。

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2枚組になっている告知資料には双方とも、「京都府警察機動隊旧庁舎」と記載されています。

再度お伝えしますが、これらの記録は2014年5月16日のものです。

ちなみに、ネット上で「京都府警察機動隊旧庁舎」と検索すると、工事場所は京都市伏見区とあり、また入札情報が記載されていました。

http://bidfind.openbeat.org/page.php?suc%5Bmain%5D%5Bname%5D=Normal&page%5Bcurr%5D%5Bname%5D=BidSearch&page%5Bnext%5D%5Bname%5D=BidPage&&cmd%5Bview%5D=ViewByCache&prm%5Bview%5D%5Bno%5D%5Bval%5D=240450

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その後、2014年5月20日に鴨沂高校北運動場の現地にて、先程の告知情報についても確認をすると、これらについても差し替えが行われていました。

赤字の「here!」(写真をクリックすると拡大されます)にて、それらが確認出来ます。

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これらの件に関して、単純な誤植、ペーストミス?なのかどうかは全く我々には分かりません。

いずれの告知義務と、そのミスをしてしまったのが業者側なのか、それとも行政ミスなのか、それも分かりません。ただ、行政内の中でも管轄の違う、つまり公安委員会と教育委員会の行う行政告知がこう、テレコになるものなのか、提示されているのが不思議な気がしました。

大騒ぎをする程の事では無いのでしょう。

再度、「京都府警察機動隊耐震改修」とサイト検索をかけましたら、京都営繕事務所工事の入札結果が出てきました。

そこの平成24年12月17日に「京都府警察機動隊旧庁舎耐震改修工事」PDFがあり、中身を見ると、落札業者は「㈱長村組」と記載されています。

http://www.kkr.mlit.go.jp/n_info/sougouhyouka_kekka/h24/a_kyouto_eizen.html

つまり、鴨沂高校北運動場における解体業者も同じく㈱長村組、との事。単純な、告知用紙の提示ミス、という事でしょうか。

恐らく、京都の中でこうして、壊されるもの、新しくされるもの、まわりを見渡しても、古いものが自慢の京都といえど、そこら中、日々、工事の光景を目にします。そんな中でも、こうした事務手続きは我々素人には分からないほど膨大で、様々なものが交差し、そしてそれらを扱う方々にとっては日々のルーティンワーク、なのかもしれません。

無くされるものは一方でかけがえないものであれど、それらの仕事はただ、やらねばならない仕事、である人も居るでしょう。

ただ、確かに言えるのは、そうした日々の片側には当たり前の事が、それらに思い入れのある側にとってみれば、大事な大事なものであるのです。

こうした仕事をされる側にとっての当たり前のミスの中に、それを見る側にとってはその対象に対するなにか、大きな「誤差」のようなものを感じてしまうのは、我々だけでしょうか。

                   ♢

追加情報ーちなみに、2014年5月8日段階では、上記告知は貼られても無かった事がツイッター情報にて寄せられています。現場写真は以下リンクより。
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https://twitter.com/ohki_north/status/464340853641576448/photo/1