月別アーカイブ: 2015年3月

鴨沂の桜2015

「実は鴨沂は桜の名所だった」。

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桜の便りがSNSにもたくさんアップされるようになりました。

鴨沂の校内には今、正門、北門、そして校舎東裏に1本づつ、計3本が残っています。けれど鴨沂にはかつてもっと、桜の木がありました。記憶では校舎敷地の南西角に1本、それから、東裏側には確かもう一本、そして、ウィーンの森には、複数の桜がありました。ウィーンの森にあった桜がいったい何本あったか、覚えてらっしゃる方はおられますでしょうか。数えておけば良かったものの、私はもうすでに、たった1年でその以前の姿を忘れてしまいました。

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先週金曜日の住民向け工事説明会では、今後、鴨沂の校舎には外周に、京都市との景観に関する指針の元、「桜とクスノキを植える計画です」と、設計会社の梓設計が言ってました。これまでせっかくも長い年月をかけてこの場所で育ってきた桜たちは都合で伐採されたにも関わらず、また新たに桜を植えるという事だそうです。

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残ってくれた3本の鴨沂の桜がある事を、せめてどうぞ、忘れないで下さい。

今後は全て無いか、入り口も出口も無いトンネルとなるのか。

<引き続き、鴨沂の地下道及び上屋についての電子署名を行っております>

3月27日に行われた近隣住民向けの工事説明会に参加し、鴨沂に今も残る地下道及び上屋についても分かった事がありましたので、ご報告と共にお願い申し上げます。

◎近隣住民向け工事説明会で、地下道及び上屋にかかる件について分かった事。

1−現在残されている校舎中央棟及び図書館棟の内部解体から工事は始まる(外観は残り、改修及び耐震工事が行われる)。予定表では今年5月頃より。外側からも見えるような工事が始まるのは今年7月頃からの予定。(工事施工会社発表)
2−校舎敷地周辺の塀は今年7月より3ヶ月間の予定で解体される。(工事施工会社発表)
3−地下道については歴史的な事も考えて今後どう残すか、道路管理者の京都市と協議の上、検討中。本館敷地及び北運動場側の両上屋については解体の方針。いずれにせよ、今後新しい校舎が建てば、地下道は活用する予定は無い。地上移動で安全性は確保出来る。(府教委発表)
4−工事概要の敷地平面図面では工事車両ゲートの設けられるのは全5カ所。そのうちのメインゲートが、図面では現在のちょうど本館敷地側の地下道上屋及び 階段のあるあたりになるが、その指摘を受けると、「図面はあくまでもアバウトなもので、メインゲートは地下道上屋及び階段は避けて造られるはず」との事。 (府教委発表)

◎これらの説明を受けて想像出来る事。また考える事。

1−地下道及び上屋にかかる作業は、上記の説明から想像するに今年7月からと思われる。
2−校舎敷地周辺の塀が7月から解体されるという事は、地下道上屋は塀に構造が密着している事から7月からの解体とされるのか?
3ー地下道は「歴史的背景を考慮してどのように今後残すかを道路管理者の京都市と協議検討」と言われるが、今年2月24日付にてご回答頂いた京都市の門川 市長からの地下道及び上屋についての文章には「本市が管理している道路を横断しておりますが、京都府教育委員会が管理する京都府立鴨沂高等学校の専用通路 となっており、本市において管理はしておりません。」とあり、その文章全体を通しても、京都市との協議が、言われる検討課題にあたる事は無い。「検討中」 という言葉には、それに附属する形で本来は、その検討課題の背景、求められるニーズ、そしてこちらとしてはこのような考えを持っている、他方ではこのよう な意見がある、などといった材料を明示した上で、これらの材料をもとに今後を検討している、と言われるのが本来であり、一体、何をどう検討しているのか、 その結果についてのみ検討する、という言葉にしか見えないのは、「検討中」という言葉の使い方自体が間違っている。
4−「地下道は今後活用せずとも新しい校舎が完成すれば、安全性は確保される」との方針説明であったが、その安全性はどのように確保されるのかの具体的説明はまったく見当たらない。

以上をもって、今回の住民向け説明会の内容がそのまま履行されるのであれば、鴨沂に今も残る地下道及び上屋の運命は、このままでは今年7月をもって終わっ てしまう、という方向性ということになります。もしくは、階段も上屋も無い、ただ道路下のトンネルとして形だけ残る、つまり過去と現在、未来を完全に断ち 切った空虚な存在となってしまうかもしれません。

私たちが今回の地下道及び上屋についての電子署名には、その意図として、「今後も鴨沂生の安全面と歴史的価値の両立を計るべく存在として、鴨沂の地下道及び上屋を保存活用しよう」と謳っています。

どうか、諸々の件についてご賛同の方は、電子署名活動へのご参加とご協力を、宜しくお願い申し上げます。

https://www.change.org/p/%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%BA%9C%E6%95%…

おそらく、これが最後の住民向け工事説明会。

<府立鴨沂高等学校/校舎改築等工事/近隣住民向け工事説明会レポート>

平成27年3月27日の夜19:30より。校舎北運動場東隣にある「鴨沂会館」にて行われた、近隣住民向けの説明会に参加してまいりました。

鴨沂現校長及び副校長に事務長、そして京都府教育委員会管理課複数及び工事管理者の梓設計、工事施行会社の代表者らが会場前方にずらり、そして会場後方にもずらりと囲む中で、住民の参加はわずか20名足らず(これまで、北運動場側解体工事での住民説明会と本館校舎解体工事の住民説明会と、つごう3度が行われましたが、第一回目より更に住民参加者数は減っている。その逆に工事関係者側が増員している。)、という会場配置でした。時間は冒頭から「会場の関係にて8時45分には質問等を終了致します」との事でリミットが切られる、つまり説明会時間は頭から1時間15分で終了される、といった状況でした。これは、第一回目の説明会と時間設定はかわりません。会場都合であるなら、時間を前倒しにするという考えは、最初から最後まで無かったようです。

工事説明には主に工事施行の代表が語り、補足的に府教委管理課の代表が答弁に応える、というスタイルでした。おおまかな工事概要説明のあとに、住民からの質問タイムが設けられるという事でしたが、その質問には明確な返答というのは結局の所どれをとっても、ありませんでした。ただただ形式的で、まるで形骸化された儀式のような雰囲気でも許されるのは(果たして許されているのかは分かりません。声を荒げるような、また詰問するような事はされません。)、これは長年あの場所で学校として居た歴史あっての事で、周辺の方々の長年のご理解があっての事だというのは、今一度行政側も、そして工事関係者側も深く感謝せねばならないのではないかと思います。形式的というのは配布される資料ひとつとっても分かります。最も大事なインフォメーションと思われるフォントはとても細かく、ご年配者には大変読みづらいでしょう。また、資料は両面刷でとても分かりにくい。住民の方も「こんなん見てもなんも分からんわ」と思わずこぼされる方が居られました。

新たな学校を新たな場所で建設する際には、周辺住民との折衝は大変厳しいものであると、私学関係者から色々と聞かされた事があります。

ですから、その理解の上にあぐらをかいていてはいけないと思います。学校のイメージを造るのは、学生らの姿形ではけっしてありません。たとえばこうした場をこしらえる側の、態度ひとつだと思います。

当日のレポートと共に、配布された資料を画像添付致します。

◎資料から分かる事

1ー工事工程表で見る限り、工事開始は現在残されている本館及び図書館棟の内部解体から始まるが、これは今年5月より始まる模様。実際に外からも分かる工事スタートは今年7月から、との事。

2-現在残されている外塀は、今年7月から随時全面解体される、との事。

3-工事車両出入り口であるゲートは合計5つ造られる模様。

4-建物の大枠が完成するとされる予定では、来年の10月頃。全ての工事完了は来年12月末。

その他については資料をご参照下さい。会場説明でもほぼ、資料の読み上げといった感じでした。

◎住民からの質問

1ー<住民>「前回の校舎解体時の説明会でも検討中という返答で終わっていた地下道及び上屋について、どのような結論に至ったのか。歴史的にも貴重なものであると同時に、地下道はこれまで荒神口通りを渡らずとも地下を通って敷地を行き来出来る安全なものだったので、今後も活用しないのか。」

<府教委管理課>「まだ検討中ですが、今後の学校利用としては地下道は使わず道路の横断で安全は確保出来ると考えている。新しい校舎が建てば必要無い。ただ、歴史的な点では地下道については貴重なものであるとの認識はあるので、どのような残し方をするのかは道路管理者の京都市と協議して検討する」

2-<住民>「資料の敷地平面図を見る限り、現在残っている本館敷地側の地下道上屋及び階段の場所がちょうど工事車両の出入り口となっているが、検討結果も出ないうちにもう解体するのは決まっているのではないのか」

<府教委管理課>「図面はあくまでもアバウトなものなのでゲートは地下道を避けて造られることになると思う。が、地下道はこれからどうするかは検討し、上屋については解体する予定である。」

3ー<住民>「新烏丸通り側の塀に現在、町内のゴミ捨て場や古紙回収、京都市の広報告知板があるけれど、それはどうなるのか」

<府教委管理課>「新烏丸通側の塀は現在の場所より若干最終的にはセットバックする。また個別に町内会とお話すると共に、その件については検討します。また、塀が新しくなって後には京都市の告知板については京都市と相談出来るようにします」

4-<住民>「これまで塀側の樹木は落葉樹が多くて落ち葉の掃除が大変だったので、今後もしも樹木を植えられるのであれば落葉樹でなく針葉樹を植えてもらいたい」

<梓設計>「京都市との景観に対する協議の中で、今後は桜とクスノキを植える事になっている」

5-<住民>「この資料では地下を何m掘るのかが書かれていないけれど、うちは地下水を使って居り、水脈が変わるのが心配だ。以前近隣調査の来られた時にはあくまでも工事解体のためのものだったが、また今後は調査をしに来られるのか」

<施行業者>「先に行ったのは事前調査だったので、今後はそれらを元に25m範囲のお宅にはまた再調査を行う。今回、体育館では10m強掘る事になっており、また調査では水脈は4、5mの所にあって、北西から南東へと水脈が通っているのは分かっている。今後は観測場を設置して水質やダクト、pHなどを調べる。また現在の使用状況は見させて頂く」

6-<住民>「解体時にそうだったが、工事掘削を行う重機が稼働しているとテレビが途切れる事が度々あった」

<施行業者>「ちょっと状況がよく分からないので、まだ事務所等も設置しておらず電話窓口も無いが今後は現場にそれらを設置するので、今後そのような事が起こったら知らせて欲しい。その時に対処する。」

7ー<住民>「北運動場側の整備はまだ終わっていないし今後は体育施設も建てると聞いたがいつか」

<府教委管理課>「27年度の12月から3、4月あたりで予定している。防球ネットも15mのもので今後は全面を張り巡らせる」

8-<住民>「これまでは北運動場側には体育館もあって災害時の避難先にもなったがこれからはどうなるのか。また町内の防災機器などが保管されているがそれらをいざとなった時に誰がカギを開けてくれるのか。」

<府教委管理課>「今後校舎が完成した後に京都市と自治会と調整します」

◎住民向け説明会という主旨設定であるが故に質問時間内に質問出来なかった、「鴨沂高校の校舎を考える会」として疑問に思った事。

1-府教委の説明では地下道の件では「道路管理者である京都市と今後を検討」と言われたが、地下道の管理は鴨沂高校であるとは、京都市の門川市長より回答があったのに、何故今だに地下道の今後について京都市の名前を出すのか。

2-平面図面で見ると、移植されたウィーンの森の形状が東西の縦長となっているが、現状では南北の横長である。また移植するのか。

3-外側の塀は今年7月より随時解体されるという事は、少なくとも地下道上屋は7月から解体される、ということか。

4-北運動場の整備はかなり後回しになる。そして、現状で建てられている防球ネットの支柱は15mは無いが、また新たに15mの支柱に伸ばす予定なのか。

5-地下水脈が通るのが4、5mと言及されているのに、一方で地下を10m強掘る事が決まっているのなら、あの規模の体育館を造る時点で水脈を断絶するという事なのでは無いのか。

6-校舎改築の際の大義には一方で地域の防災拠点ともなるべく、と高らかに謳っていたにも関わらず、現状もそしてその先の事も検討中で終わって明言出来ていない。

7-そもそも、工事車両の台数だけを取ってみても、このような大改築を行わずに改修工事という計画であったのなら、このような労力も、また周辺への迷惑もかからなかっただろう。また、地下道については今後も検討されるという事だが、その検討結果がいつ出るのかも明言されておらず、加えてゲートは地下道を避けて造るとは名言されたが、道路上には大型車が今後無数に通る訳であり、その過重に堪えられるのか。

 

皆さんもまた、一度これらの資料を見て、また何か疑問に思う所がありましたら、是非一緒に考えてみて下さい。

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同志社大で開催された最先端医療に関するシンポジウム。

<ちょっとヨコミチ/シンポジウムに参加してきました。>~空間が、そこに居る者のバランス感覚を整えてくれる。という事。

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昨日は、活動を通したご縁にて繋がることが出来た鴨沂先輩によるご紹介にて、同志社大学今出川キャンパスに行って来ました。

同志社大学と国立循環器病研究センターとが包括協定を結んだ事を記念してのシンポジウムが開催される、との事。

今出川キャンパスは勿論何度も訪れた事はありますが、たいていは外観ばかりで、建物の中までじっくり拝見したのは初めてです。

重要文化財指定を受けた建物を5棟、登録有形文化財指定を受けた建物を2棟有する同志社大学の今出川キャンパス。その中のひとつである、1886年竣工の「同志社礼拝堂」にて行われたのがこの度のシンポジウム。タイトルは「iPS細胞時代の移植医療と生命倫理ーひと・医療・社会」。まさかの理系では全く無い当方ですが、最先端医療を、生命倫理を軸に議論する。しかもそれらを、神様が見守る礼拝堂で行う・・・という究極のコラボ企画というのに興味が湧きました。

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iPS細胞、再生医療、臓器移植、遺伝子解析と、様々な先端医療の研究成果が、医療を通して私たちの身近に届けられようとしている現在。アベノミクスの三本の矢の中にも、再生医療は日本発の画期的医療の可能性として「日本経済の再生に役立つ」と位置づけられ、いわゆる産業政策と目される中、研究段階にある「再生医療」が一人歩きしないか、本当に安全で有効な医療として提供出来うるのか、法律面はどうか、先進医療の治験推進の側から見えること、生命倫理の基盤である人間の尊厳や人権を尊重する中での倫理課題は何が挙げられるか・・・と、文字で読むととても難解なテーマを、大変分かり易く、それぞれの立場の登壇される先生方がお話をして下さいました。

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ES細胞では、人の生命の萌芽である受精卵の破壊が倫理上の問題とされ、例えばキリスト教では受精した所から人は始まっているとの考え方からすれば極論的には「人を殺して人を造る」事にならないかという事が最大の問題となっています。

一方、iPS細胞では、当人あるいは別人の組織から多様な細胞を造る事が出来るので、先のES細胞のように受精卵を破壊する訳では無いという事になります。ではこれにて倫理上の問題が解決するのかと言えば答えは勿論NOとなります。つまり、iPS細胞は例えば精子にも卵子にも「何にでもなれる」という意味ではES細胞と変わらないのがその最大の理由にて、加えて安全性が確保されていない今日の段階ではそれは非倫理的とみなされます。例えば脳までも造れるとなれば人のアイデンティティー、つまり「自分は一体誰か」という人間の原点的な問題にも立ち返ってしまうのです。

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1968年に日本で初めて心臓移植が行われた時には、「人体実験を行っているのか」と大きく議論されたそうです。1996年にはクローン羊のドリーが誕生。それから現代。これまで、投薬、人工機器、生体移植や脳死による臓器移植などの選択しか無く、また臓器提供者とその提供を待っている患者の需要と供給がまったく伴っていない、そして提供側及び患者側の肉体的、また精神的リスクが大きく伴う現状、また社会全体の理解や認識の低さ(ちなみに世界の臓器移植提供の実績では、スペインが一位、そして日本は最下位だと言う事も今回初めて知りました。)にあって、まるで、直感的には夢のような、再生医療という選択が目の前に現れた事で、その直感的なところだけでの推し進めるのでは無く、個人も、また社会も、そして研究を進めるべく立場にある者も、生命倫理の基盤に立ち返るのは大切ではないのか、命にかかわる問題であるからこそ、様々な見地からの多角的な議論が果たされなければならないのでは無いか、というのが、今回のシンポジウムでの最大の課題とされた所だと認識する事が出来ました。

パネラーの中にはそこから発展して、臓器移植にまつわる臓器提供に対してドナーになる意志表示をしない人が多くある現実を、マーケティングの法則に例えて、関心が無い人、関心はあるが意志表示しない人の分析をされて、その壁を越える(つまり行動に向かわせる)には、例え情報を提供したり広く告知しても、関心がある所で止まってしまう事を解除する最も有効な方法には至らない事。そして多くが関心を持った上で各人が行動に移すようになるには、周囲の身近な人が関心を持って行動に移す事で、それにつられる形で行動に移す大衆の習性についても語られて居り、これは、この件に限らず、何にも言いあてる現象であるな、と感じました。

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さて。こうした難しい議題内容を必死でメモをとっていたら、ちょうど西側のチャペルのベンチに腰掛けた手元には、ステンドグラスの七色の光が、その難しい言葉の羅列を照らしていました。その内容のほとんどが法律や科学、命の問題、という問いかけに、見渡すと華美では決して無いけれども、荘厳な雰囲気に包まれた教会の中に、今、自分達は居るのだと思うととても不思議な心地になりました。これが同じ講演内容にして、新建材に囲まれた、今まさに整えられたばかりの無味乾燥だけれど効率的ではある空間で行われたならば、どれほど内容の受け取り方や印象が違っただろう。そうも感じました。

新たな技術や発見によってめまぐるしく発展をとげる最先端的な議題にあって、歴史の積み重なりと、ゆったりとした時間の熟成によって成り立つ建物の中でそれを聞くというのは、その対比の中、聞く側はその中立的立場に居る事が出来る、と言う訳です。これはとても大事なバランスなんじゃ無いかと思いました。そしてこの議題に関して、主催側の議題に対する姿勢の誠実さというものを深く感じました。

冒頭では同志社大学の副学長も、そして国立循環器病研究センターの方も、挨拶の中でこうしたテーマを生命倫理の観点から紐解く事について、このような重要文化財指定を受けた礼拝堂の中で行う意義、あるいは意図に触れられていました。

少なくとも、このようなテーマをもって、このようなロケーションで行う事が出来るというのは、この大学だからこそ出来る最大の特色であり、それはまさに活かされている事、そして聴講する側にとっても有益な時間であると感じる事が出来ました。

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こうした貴重な機会をお教えして頂ける先輩らの存在にも、心から感謝致して居ります。

梅は咲いたか、桜はまだかいな。

「本日の鴨沂」

今日は雨が降ったり晴れたりと騒がしい1日でした。

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週末はお天気も良く、あちこちで春の花たちがいっせいに咲き始めました。が、今年の鴨沂の正門の梅は、気候のせいなのかあまり勢いが無いまま、今日訪れたら花はほとんど散ってありませんでした。が、その後ろの桜は花芽もいよいよ膨らんでスタンバイ。この桜、寺町通りから見るのも良いですが、本当は中から見るのが素晴らしいんですよね・・・。

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北門側の桜も、工事車両の出入りのためにかかなり枝打ちされてしまいましたが、花芽は目視でも写真でも確認出来る程になりました。

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いつもはホール越しに敷地内が若干見通せる図書館出入り口には、埋蔵調査の何か出土したものがコンテナに入れられているのか、壁となって積み上げられて向こうを見る事が出来ません。

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地下道上屋は今もまだ、そこに残っています。
夕暮れ前のシャドウ、西日の当たる本館中央は本当に、あっぱれと思える程格好良いです。地下道、そして上屋も共に残って欲しい。
今後も成り行きを見守りたいと思います。