月別アーカイブ: 2016年2月

「3月1日は鴨沂高校の卒業式です」。

明日は鴨沂高校の卒業式。

こちらの動画は、2年前に行われた本校舎での最後の卒業式の様子で、当時の産經新聞のテレビ取材での動画が、アップされたものです。懐かしの校舎の様子が、その動画から伺えます。

ちなみに、その際の卒業式は、新聞・テレビのおもだった所からほぼ全て、取材放送、及び記事となりました。何故なら、歴史的な建物である校舎が解体される事、そして改築前の本校舎で行われる最後の卒業式である事、加えて、この時には既に学校機能は改築工事のために仮校舎に移転しているにもかかわらず解体工事がストップしていて、当時の3年生が決議し、思い出ある本校舎にて卒業式を行いたいと、学校側に直談判をした後、強く反対される中でようやく勝ち得た本校舎での卒業式だったからです。

動画にある通り、卒業生らは思い思いの格好で、式に出席しています。思えば我々の頃よりもずっと、女子の袴姿が多く、レトロな校舎や前身である女学校の歴史に感化されているのか、みんなとても可愛らしいです。

ちなみに、こちらの映像で流れる校歌(鴨沂ではスクールソングと言います)のピアノ演奏は、当時の1年生、明日卒業式を迎える3年生によるものです。

新入生であった彼等の世代から、鴨沂は戦後長きに渡って自由服=私服であった歴史が終わり、制服となりました。思えば、彼等が入学してすぐの夏に仮校舎への移転を余儀なくされ、秋にはこれまで使用してきた鴨沂の専用グラウンドであった紫野グラウンドに建てられる新設校の建設の為にグラウンドを奪われ、またこれまでの校風が大きく変わった、そのめまぐるしい転換時期にあった3年を過ごしました。確か彼等が3年生になった頃には、本校舎に戻れると言われた約束も、果たされないまま。

かすかな記憶しか無いであろう本校舎・・・では無く、そのほとんどの時間を過ごした仮校舎の小さな会場で行われる卒業式。これまでのような色とりどりの自由な服装では無い制服姿の卒業式。

彼等の3年間が、どうか大きく実りある時間であった事を、祈ります。

これから、大きな世界へと飛び立つ同窓生へ。

ご卒業。心よりおめでとうございます。

きっと知られざるドラマの登場人物は、まだまだある。何故なら、過ぎた歴史は長いから。」

NHK連続テレビ小説「あさが来た」。御覧になられている方もおられると思いますが、主人公白岡あさの娘・千代が通う女学校。その女学校のモデルとなっているのは、ドラマでは京都白川高等女学校、となっていますが、こちら、鴨沂高校の前身である京都第一高等女学校だと言う事は、皆さんご存知でしたか?

大河ドラマ『八重の桜』に朝ドラと、こういうピックアップがもう少し早い時代にあったなら・・・多くの卒業生も在校中は随分、鼻が高かった事でしょうね。

さて、以前、その当時の女学校が発行していた通信誌「学校より家庭へ」を読み調べていた時、見た事のあるお名前が図書館への本の寄贈者の中に見つけました。しかしまさか、ただ同姓同名だろうなあと思って時が過ぎていたのですが・・・。

「蜷川虎三」。元経済学者であり、京都で昭和25年から7期28年に渡り京都府知事をつとめた政治家。亡くなられてずいぶん経ちますが、良きにつけ悪しきにつけ、ちょっと昔なら近所のおばさんからタクシーの運転手さんまで、京都がこうなったのは蜷川さんのせいだ、京都がこうあるのは蜷川さんのお陰だ、なんて言われるような存在。学校教育においても、高校三原則と言えば、良きにつけ悪きにつけ、蜷川さんの名前が冠について・・・という時代がありました。ようやく、積年に渡ったその陰も拭えた、という所なんでしょうか。

さて、お話を本筋に戻しまして、前出の「学校より家庭へ」で見つけた、女学校時代の蔵書への寄贈者リストに、蜷川虎三の文字があったのが気になってはいたのですがそのまま放置していくばくか。ちょっとこないだ京都大学で今もなんと存在するという「蜷川ゼミ」なるものに籍を置いていた学生さんとお話する機会があって、思い出してちょっとその件に触れてみたら・・・、どうやら、蜷川さんの娘さん。蜷川さんが京都大学(当時の京都帝国大学)で教鞭をふるっていた頃に、娘さんが府一、つまり鴨沂の前身であるエリート女学校に通われていた事が分かったんです。

女学校時代は父兄や卒業生、学者や起業家等が女学校に対して多くの寄付をしていましたので、恐らくは同姓同名では無く、あのリストに名前があったのはご本人、という事だったんでしょう。

歴史というのは、消しても拭えない真実の物語の積み重ね。

なかなかに、見つけてみると面白いものですね。

あさが来た京都白川高等女学校のモデルは?京都府高等女学校!千代が通う京都女学校

「明日のお昼2時は、荒神さんの、豆まきです」。

本日もまた鴨沂へ。

 

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こうしてあらためて見ると懐かしい気持ちになる荒神口交差点。川端通りから荒神橋、そして荒神さんへと続く道には節分祭を知らせる赤い登り旗が。こうやって引きで見るとそう、変わらない光景にも見えて、寒空にもわくわくとした気持ちになるものです。
荒神さんから西向きには、校舎北側が無くなって抜けのある空。工事工程表にも相変わらず、旧校舎や図書館棟の改修工事の内容が記載されており、世間を騒がせた土壌汚染の土壌改良等を知らせる工程の記載は今だ見当たりません。

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さて、気分を変えて荒神さんへ。
2月のありがたいお言葉は、
「目標のない人生は、舵の無い船に乗っているようなものです」。
またしても、いつもながらに深いお言葉です。目標を失っては行き先も無し。乗員が居るならみんなもろとも、波にのまれたままで漂う事になります。本当。大きく立派な船も、中身が無ければ意味がありませんね・・・。
と、言う事で。明日2月3日は境内で豆まきが行われ、多くの人で賑わうそうです。今日はお年寄りの檀家さんらが寄り合って、豆やお札を売ったりしていて、手作り感満載の可愛い御神輿も置かれていました。
その小さな境内には、ほのぼのとした愛が満ちあふれていました。

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