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校舎見学と5年に渡る、ひとまずの総論。

「校舎見学。ここで一つの区切りとして。」

昨日、京都府建築士会によって行われました、鴨沂高校の完成校舎の見学会(会員及び一般枠での定員数あり、事前申し込み制)に参加してまいりました。
http://www.kyotofu-kenchikushikai.jp/K008/cal3.php#180623
京都はあいにくの雨。思い返せば5年前。保存要望書を提出して下さった日本建築学会の先生方、そして日本建築家協会の専門家の方々とも、校舎をこうして見学したのは2013年のちょうど似たこの時期。
改築前の鴨沂高校の校舎見学をしたあの日も雨、あるいは降り出しそうな空模様でした。

あれから5年の月日が流れました。
あの当時、全面解体が言い渡され、生徒たちは仮校舎へと移る準備が着々と進む頃でした。その後、新聞やテレビの報道が重なり、様々なやりとりを経て、今に至ります。そしてようやく、それらの結果は全て、この地に体現されました。
残念ながら、今回の校舎見学では、「個人の趣味として校舎内を写真に撮ることは構わないけれど、SNSに写真を投稿するのは、施主側に引き渡し前ですのでしばらくやめてください」との主催者側の申し渡しを参加者全員が頂いておりますので、内部で撮影しました写真は掲載いたしません。おそらく、その内にお披露目会のようなもの、記念祝典のようなものが学校側にて行われるでしょうから、是非、ご興味の方はそのあたりのお知らせをお楽しみにされてください。

さて、内部の感想については、校舎内は完全に二足制となるようですから、体感される空気感や音の響き、匂いなどに当時の思いを馳せることは出来ません。印象的だったのは、一際予算が課せられたのであろうことは素人目にもわかる豪華な地下室内(水位調整付き)プール設備でした。そして、あの犬小屋同然で放置されていた和室および茶室については、ありがちな再利用との言葉に実際は相当の新たな部材で建てられたものではなく、しっかりと使える旧部材を再生されたもので仕上がっていたこと。あと、これは依頼者側の思想や感覚を体現しているな、と感じざるを得なかった、校長室における、元は校舎敷地内で美しい春を彩ってくれていた桜が、工事によって切り倒され、その木材を使って最も足元にされる床の意匠に変えられた、桜の床材の様子でした。
いずれにせよ、この5年に渡るやりとりと変更、手続き等々、山ほどの要望に、実際に手を使い、汗を流し、体を使われた施工者及び職人の方々には、その仕事に対する誠実さや丁寧な仕事を拝見させていただき、その月日の中でのご苦労も多々、あられたと想像されます。心からまずは、深く感謝申し上げます。

さて。当方、一卒業生として、このサイト及びSNSでの発信を行って、これも5年の月日が流れました。元外部専用グランドには新設高校が建ち、こうして本体の新校舎も建ちました。そもそもの原点では、当方、校舎の保存活用を訴えることを主眼とし、それらにまつわる細かな情報の共有及び訴えも、ほぼ全ての結論が揃いました。
細かなところで結論が見えない食堂の件も、すでにプロポーザルの募集は終わって、結論はもう、目前となります。この食堂が置かれるとされる旧図書館1階も、見学することが出来ましたが、空間を見渡す限り、仮にも多目的で自由度の高い空間であればコンクリート土間のままであったりするのでしょうが、確かに何もない空間ながら、床は仕上げの材が二足制と同じくものが張られており、いわゆるテナント的に言う「スケルトン」状態とはとても言い難く、ある一定の本格調理を行っても良いと思われての環境とはとても言い難く、またそれを行うには、多額の資本投入が可能(かつ、それも売上として考慮できうるのかという疑問も含め)な組織の介入の無い限り、難しいのでは無いかとされる、すでに学校側の方針はあらかじめ決められた空間と、受け止められるには十分な情報を詰めた空間でした。
見学の際、身になった事と言えば、技術者の方らに忌憚ないお話を雑談的にお聞かせいただいた事ですが、揚げ足も邪道、これはもう、全て胸の内に納めておこうと思います。何より、ある一定建築や空間にご興味ある方であれば、今回仕上がった空間を見れば、その依頼側の思想や今後の方針はありありと伝わる、そうしたものが体現された建物に仕上がってはいると思います。

これまでの長きにわたり、様々な問題を取り上げてきましたが、その中で、最後のその運命はどうなるのかと心残りであった女学校時代から伝わるスタンウェイのピアノは、これに関し、同窓会がこの度の校舎改築における寄付金として集められたお金が、修復に使われるとのことが結論として見えたようです。(詳細http://www.geocities.jp/ohkidoso/kyoikushinkokikin2)

おおよそ、これら全ての結論を持って、当方もそろそろ、この5年で得た知識や経験、また人間関係を、また、何か違う形、違うもので別の場所、別の表現で世の中に還元する時期が来たのでは無いかと思っております。
思えば最初のきっかけは、地元京都が好きで、古い歴史や建築物、景観が好き、しかしながらそれほど大好きな地元の中で、惜しくも失われてゆくものを憐れみ、憤り、また今あるものを愛してやまないだけの人間であった者が、最も自分に直接関わりのあった筈の場所が無くなると知った時、これに対して何か、何も行動しないで、一体、遠く大きなものに問題意識を持って、変えることは出来るだろうかと振り返ってみたのがほんのささやかなきっかけです。
そうして小さな声、頼りない声に、支えて下さって、教えて下さった大勢の方々に巡り会う事も出来、いろんなことを学ばせていただきました。
これまで、たくさんの応援を下さった方、知恵を与えて下さった方、それから、ご自身のことでは無いのに全力で協力くださった全ての方らにも、略儀ながらここで心より、お礼申し上げます。本当に、ありがとうございました。

ともあれ、今回の見学を自身の中でも活動の総仕上げとし、今後の鴨沂高校の行く末に幸来らんことを祈り、一旦の筆を、置くことにしようと思います。
今後は何か、特別な進展などありましたら、またお知らせとしてフィード更新をすることにさせて頂きます。
尚、このページ及び公式サイトにつきましては、これまでの足跡の記録として、また、全国にある数多の似た事例に対し、何かのヒントとなる事もあるやもしれませんので、削除せず、そのまま一旦保存させていただこうと思います。

何より、ひとまずの区切りとして、これまで様々にご声援下さった皆様には、心より、感謝申し上げます。
本当に、ありがとうございました!
今後もどうぞ、特に卒業生や、直接関わりのある保護者さんや在校生、あるいは教員の方らにおかれましては、鴨沂高校を大切に、紡いでくださいましたら幸いです。